「……なんだ」
チクチクと刺さる視線は痛くも痒くもないが、長時間のそれに耐えかねて声を出す。バレていることはわかっていただろうに小心物はその一声だけでピャッだのなんだの驚いて慌てふためいているからただでさえ陰惨な表情が暗くなる。怖いなら近付かなければいいのに、小心者のくせに変なところで豪胆だ。この船に乗る奴らは全員が全員、矛盾していて海賊らしくない。
「なんだ、と聞いている」
慌てふためくのをしばらく眺めていても先には進まないと理解してもう一度猶予をやる。ぴたり、と固まって、おずおずと近付いてくる様は無防備だ。自然界なら真っ先に死んでいそうな動物に眉根を寄せて見下ろす。
「あの、……私の心臓、取り出せる?」
「あ?」
低く重い声が反射的に喉から出て、また目の前の女が肩を揺らす。目には水の膜が張っているくせに、とん、と自分の心臓を指差してそらさない。
「まあ、取り出せるが。何か不調でもあるのか」
「心臓、見たいだけ……」
自分のところの船医に尋ねられないのか、その理由は、と無駄に脳を回転させる。この船で頭の良さなんてなんの役にも立たないということは何度も身に染みて理解していたはずなのに。おれも馬鹿に染まってしまった。
「……メス」
「アワッ」
ぽこん、心臓が飛び出す。唐突過ぎたのが悪かったのか地面に落ちた拍子に女も崩れ落ちて、ほんの少しだけ申し訳なく思う。ほんの少しだ。おれは頼まれたことをやってあげただけだし、むしろなんの見返りも求めずやったことを感謝してほしい。
「いたい……」
落ちたのが痛かったのか自分の心臓を拾い上げて座り込んだままめそめそしているのを見下げる。本当に、小心者なのかそうでないのかわからない。
「ふふ、きもちわる……」
楽しそうに笑いながら言うことではない。その気持ち悪いものは自分の心臓だ。
「ありがとう」
「いや」
仲間に向けるのと同じような笑顔を見せられて返事に惑った。そんなおれのことなんか気にも止めずにもう一度心臓を見る姿に思わず口が動く。
「何がしたかったんだ」
「見てみたくて」
「見てどうしたかったと聞いている」
「?」
手の中にある心臓から、おれへと視線がうつる。さっきまでのビビリはどこへいったのか、おれが素直に頼みを聞いてくれる優しいやつだと勘違いしたのかその目に怯えは一切見当たらない。その手の中にある心臓はおれが取り出したのに。戦力の差は明らかだ。男と女でまず違う。剥き出しの急所。それなのにどうして警戒心が死んだんだ。
「この心臓をどこかに隠して闘ったら、私も役に立てると思う?」
「思わねえ」
即答した。化け物級の海賊ばかりがいるこのグランドラインで、心臓を守り切ったからと単純なそれで生き伸びられるわけがない。首を切られれば死ぬし、どこを切られようと出血多量で死ぬ。人間の体は心臓さえ守ればいいなんて単純な構造でできてるわけじゃない。
「でも心臓があると思って攻撃した場所に心臓がなかったらびっくりするよね」
「この船には骨やらなんやらいるからそこまで驚かねえんじゃねえか」
「たしかに」
声を上げて笑う姿に呆れる。
「でも、戦闘面では今まで通りあんまり役には立てないけど、ひとつでも急所が減るならそれは良いなと思って」
ふ、と頬を緩ませて手の中の心臓を見つめる姿にぞわりと肌が粟立った。ああこいつ、駄目な人種だ。「人のために」ができる人種だ。
そう気付いた瞬間、おれの指は動き、手元にはとくとくと脈打つ心臓。さっきまでこの心臓がのっていた手の中には石ころ。それに気付いたのかドク、と大きな音を立てて動く心臓を痛くはない程度に締め付ける。
緩ませていた頬が引き攣ったのを見て、目に怯えが戻ったのを見て、今度はおれが口角をあげた。
「おまえの急所はおれが預かる」
どうして、と表情で言葉の代わりを示す姿に鼻を鳴らした。
2021/05/06