「気付いてることに気付いてるくせに」

 狸寝入りをしていた女の唇がのんびり動いて、ああやっぱりな、と驚きもせずに眺める。気付いてることに気付かれていることに気付いていた。それでも息がかかるほどのこの距離から進むこともできず、退くこともできず、次はどう唇が動くのかをちりちりと胸が焼けるような感覚を覚えながら見つめる。

「どうしてほしいの」

 ふわり、と息がかかる。

「どうしたいの」

 わからない。

「迷子になっちゃったの」
「おれは迷子になったことなんてねェ」

 静かな問答に本当に眠たくなってきたのかどんどん小さくなる声に、聞き捨てならない台詞を呟かれて反射的に言い返してしまった。その声量が眠気を吹き飛ばしたのか、ふふふ、と笑いながら開かれた目にトドメを刺す機会を自分で閉じてしまった。後ろへ下がってあとはもういつものようにあぐらを組む。

「そうだね」

 くすくす笑いながら身を起す様を片目でじっと見つめる。

「じゃあ私が迷子なのかな」

 思ってもないことを言いやがる、とただ見つめていただけの瞳に苛立ちが混じる。それと目を合わせてもまだ楽しそうに笑う姿はこの船に乗り合わせるクルーとして当然で、当たり前だけど、時々無性に腹が立つ。怯えてほしいのか、否。悲しんでほしいのか、否。だけど笑われたいわけではない。わからない。わからないから、腹が立つ。

「ゾロは迷子にならないから、私が迷子で、私の迷子にゾロが付き合ってくれてるんだよ」

 そういうお前の目は何も迷ってなんかない目をしてるのに。










「どうしてほしいの」

 わからない。

「どうしたいの」

 わからない。

「じゃあもうしばらくこのまま楽しい迷子だね」

 迷子を楽しむなんて訳がわからない。おれァ迷子になったことなんてねェが。迷子は楽しいものなんかじゃないだろう、一般的に。

「私は迷子を探すのも楽しいし、迷子になって探してもらうのも好きなの」

 わからない。お前の言うこと全てがわからない。おれを見透かすように笑うお前に腹が立っているのか、わからないわからないとガキのように駄々をこねる自分に腹が立っているのかわからない。楽しそうなお前を見てると余計にわからなくなる。

「ゾロが大剣豪になるのと、私が迷子じゃなくなるの、どっちが早いか勝負しようね」

 また迷子とは思えない目におれが映る。その目に映るおれは、うろ、と視線を彷徨わせていて斬りつけてしまいたくなった。

2021/05/10