「どうしたら可愛くなれると思う?」

 好きなレディにそう問われたら、どう返事するのが正解だったんだろうか。君はすでにかわいいよ、美しいよ、素敵だよ、そう言ったところで軽いおれの言葉はふわふわ宙に浮いて彼女の心には届かない。届いていないから、聞かれている。

「……告白したら成功率百%の、絶対振られない女の子になりたいの。ふられたくないの」

 それなら簡単な話で、おれに告白してくれたら成功率百%だ。なんて、軽口のような本音は口に出せなかった。真っ赤に熟れた今にも食べごろの頬と、震える唇と、濡れた瞳で、彼女には思い人がいるんだとわかったから。

「……君の魅力に気付かないような野郎は君から願い下げするべきだよ」
「でも好きなの」

 決定的な言葉を告げられて口を閉じる。いやだ。振られてほしい。むりだ。でもレディが悲しむ。彼女が泣いてしまう。それはいやだ。いつも笑顔で、幸せでいてほしい。

「どうしたら、可愛くなれる?」
「これ以上、可愛くならないでほしい」
「え」

 あ、と声が漏れる。まだ大丈夫だ。君は今でも十分可愛らしくて美しくて素敵なのだから、これ以上努力されてしまうと鼻血が出ておれの生死に関わるだのなんだの言えば、まだ取り返せる。取り返せる、はずだ。へらりと笑え。いつものように。
 笑えない。頬が固まったかのように硬直して、ペラペラ回る口が動かない。そんなおれを見て不安そうに眉を下げはじめた彼女に申し訳なく思う。笑顔でいてほしいのに、おれが、彼女を傷付けた。

「君は魅力的だけど、君の魅力に気付くのはおれだけでいい」

 頬は硬直したままのくせに、口だけが悪い方向へ動き出す。

「他のやつらの目に君が映らなければいい」

 ぺらぺらと回るようになったそれは、レディを傷つける言葉ばかり吐く。クソッ、やめろよ、レディを傷付けるな。そう思ってもレディを傷付けているのはおれ自身で、止まらない。だめだ、それだけは言っちゃだめだ。泣いてしまう、泣かせてしまう。それなのに、

「振られちまえばいい」

 言ってしまった。

「ごめん、腹ァ切ってくる」

 スッと全身から血の気が引いて、口の操作権がようやく自分に戻ってきた。同時に脳が判決を下す。死刑だ。レディを傷付けた。死刑しかあるまい。マリモに刀貸してもらおう。あいつの刀だったらおれの腹もすっぱり切れてさっくり死ねるだろう。ああいや、それじゃ罰にならないか。でもこの船で刃物と言えばあの緑しか持っていなくて、神聖な包丁類は使いたくない。これからもあの包丁はこの船で活躍するのだから。じゃあやっぱり腹巻の刀を借りるしかないか。できる限り痛そうなやり方で死のう。レディの痛みと同じくらいの苦しみを感じながら。

「サンジくん」

 震える声で呼ばれても顔を上げられない。

「私、たぶん、振られないと思うの」
「……そりゃあ、よかった」

 強くて美しいレディはおれの言葉で傷付かなかった、らしい。いや、死のうとしているのを理解して庇ってくれてるのかもしれない。優しくて強くて美しいその心に、だけどおれの口はまた乗っ取られたようでふてぶてしい返事。

「ねえ、こっち向いて聞いて?」
「いやだ」

 口は乗っ取られたままで制御が効かない。

「……たぶん、こっち見ないとサンジくん、後悔するよ」
「別に良いさ」
「じゃあ見なくてもいいよ。その代わりちゃんと聞いてね」

 すでに後悔なんてしきってる。だからマリモに刀を借りようとしてるし、心の中では反省しきりだ。その反省が全く活かせず彼女を傷付けてばかりいるけれど。
 ことごとくレディに逆らって、傷付けて、なのにいざというときはレディは強くて、困る。

「私、サンジくんが好きなの。それでも振られてしまえばいいと思う?」
「……は?」

 反射的に顔を上げて、ばちりと目が合う。

「……やっぱり、振られちゃう?」

 りんごのように真っ赤になって眉を下げて笑う姿に、口が動かない。今、レディはなんて言った、誰を好きだって、言った?

「お、れ?」
「うん」
「なん、なんで、おれなんか、ふらふらしてるし、レディを傷付けるし、なん、」
「やっぱり、振られちゃうんだ」

 現実逃避ばかりするおれの言葉の数々にしゅん、と悲しそうに眉を下げるレディにどうにか口だけを閉ざす。でもだって、意味がわからなかった。優しいレディが、おれが死刑という判決を下したことに心を痛めてそんなことを言ってくれたんじゃないかと疑ってしまうくらいには、信じられなかった。女のウソは許すのが男なのは当然だけど、それでレディが傷付くのは駄目だ。嫉妬で傷付けて、優しさで縛るのはいけないことだ。わかってるくせに、何も言えない。

「サンジくんは女の子が大好きだから不安で、だから理想を聞こうとしたの。ずるい女でごめんね、可愛くなりたいって言ったのに、全然可愛くないよね。ちょっと大丈夫かもしれないって思って後悔するよなんて言った自分が恥ずかしい。サンジくんは誰にだって優しいのに。ちょっと頭冷やしてくるね、ごめん忘れて」

 忘れて、と言われて反射的に体が動いた。余裕で指が一周する小さな手首を掴んで、逃げようとする彼女を引き止めて、そして、心臓が止まるほどの罪悪感。

「い、た、……ッ」

 無意識だったせいか力加減がうまくいかなかった。ぎり、と手首を握りしめた強さが、レディの柔肌にはとても刺激が強くてうめき声が上がる。悲痛な声にひゅ、とレディを傷付けてしまった事実に全身冷や汗をかいて、なのにおれから離れようとする君を離したくなくて、どうにか力は緩められても手そのものをほどけない。

「優しくできなくて、ごめ、……優しくねェ、優しくできねェ、優しく、したいのに、君に一番、優しくありたいのに、……君が、好きだから、くそ、ごめん……好きだ、好きなんだ……優しく、したいのに……優しいおれを好きになってくれたなら、おれ、おれは、」

 立ち止まってはくれたけど(おれが手を離せないから逃げられないだけなのはわかってる)、背中しか見えなくてレディの表情を伺えないから口籠もる。一番、優しくしたいって気持ちは本当なのに、さっきからおれはレディを心身共に傷つけてばかりで、説得力のかけらもない。言葉を紡げば紡ぐほど嘘くさくて、歯噛みする。

「……私は、サンジくんのことが特別なの」

 なのに優しいレディはまた、おれを喜ばせる。

「私は、サンジくんにとって、特別?」

 どう答えればいいのかわからなくて口籠もる。特別だ。特別なんだ。大切で、大事で、一番優しくしたいのに、優しくできない。優しくできない特別なんて酷いと罵られないだろうか。いや、おれが罵られるのはかまわない。彼女を傷付けてしまわないかがこわい。これ以上、おれの口から出てくる言葉で彼女を傷付けたくない。何を言っても彼女を傷付ける気がして、言葉に詰まる。

「……とりあえず私のことは置いておいて、サンジくんの答えを聞かせて。私のこと、どう思ってるの」
「好きだ。誰にも取られたくない。ずっと、おれのそばにいてほしい」

 詰まってたはずの言葉が、レディの促しによってするすると滝のように溢れてしまってレディの手を掴んでいた手も離して両手で口を押さえる。ひどくわがままで自分勝手なことばかり紡いでしまった。
 おれから離れようとしていたレディが、くるりとまたこちらを向いて、視線を逸らしそうになって固まった。絡め取られた目がキュウッと嬉しそうに細まっていて戸惑う。おれはレディがそんな喜ぶようなことをしただろうか。傷付けるようなことばかりした気しかなくて、なのにレディの表情はそれと正反対にどこか嬉しそうで訳がわからなくなる。

「私、サンジくんの特別な人?」

 とろけそうなほど甘い声で尋ねられて思わず顎を引く。

「私はサンジくんのことがだいすきで、サンジくんも私のことが特別なら、……両思いってことで、いいでしょう?」

 いいんだろうか。そんな都合の良い夢みたいな話があって。実は彼女を傷つけたあとすぐさまマリモの元へ走って刀を借りて切腹していて、死んで見てる夢のようなものなんじゃないだろうか。

「ずっと私のそばにいてくれる?」
「こんな、優しくできないおれで、いいの」
「サンジくんはいつも自分に厳しいけど、サンジくんほどこの世で優しい人はいないからね」
「…………レディの方がやさしい」

 呆れたようなため息に肩が揺れそうになったけど、レディのおれを見る瞳は変わらず甘くて代わりに視線が揺れる。こんな情けなくて、優しくないおれが、レディの手を取っていいんだろうか。

「告白したら成功率百%の女の子にしてくれる?」

 両腕を広げておれを見上げるレディに、花に吸い寄せられる蝶のように考える間も無くふらりと近寄って抱きしめてしまった。ぎゅう、と抱きしめてまた、痛いよサンジくん、と腕の中で聞こえた声はくすくすと嬉しそうに笑っていて胸が締め付けられる。

「私、振られない?」
「……うん。振られちまえば良いなんて言って、ごめん」
「可愛いヤキモチだって分かったから大丈夫だよ」
「君も、おれを振らないで」

 お願いだから、と情けなくても正直に請う。今日のおれは情けないところしか見せてないけど、これだけは言いたくて、心の底から溢れ出る言葉で、祈るように縋り付く。こんな情けなくてバカな男、レディには釣り合わないけど、でもそれでも君の手を離すことなんてできなくて申し訳なく思う。

「私がサンジくんを嫌いになったりすることなんて永遠にないから、心配しないで」

 器の小さすぎる情けないおれと違って、レディの懐の広さに思わず息が漏れてしまう。それを信じてない笑いだと受け取ってしまったレディがさらに愛を紡いで説得力を重ねようとしてくれて、その健気さにきゅうきゅうと胸が締め付けられて嬉しさの天井をどんどんこえてしまう。違うんだ、レディ。信じられなくて笑ったんじゃなくて、嬉しくて心臓が口から飛び出る代わりに息がこぼれてしまったんだ。
 滝のようにふってくる賛美の言葉に、もう少しだけ甘えてもいいだろうか。情けない表情を引っ込められたら次はおれが君に愛のシャワーを贈るから。

2021/05/26