「火神くんは怒ったりすることあるの?」
「は?」
唐突に話しかけたからか、私の質問を聞き取れなかったのかどっちなんだろうと一瞬考えて、唐突に話しかけたからだなと反省する。本当に唐突だった。だって今は先生の気まぐれで私たちが授業に使うプリントをふたりで黙々とホチキスでまとめているところだった。それに、そもそもこれが私たちの初めての会話だ。それは驚く。申し訳ない。
「……オレ、結構怖がられるタイプの人間だと思うけど」
「えっ怒ってるところ一度も見たことないのに?!」
「いやなんでだよあるだろ。血上りやすいし、……背もでけえし敬語もうまくねえし黄瀬みてえに愛想がいいわけでもねえし、女子は怖がるタイプでしかねえだろ」
「唐突に意味のわからないことを話しかけられても無視したりせずにこうやって真面目に付き合ってくれるのに?」
「……確かに意味はわかんねえけど、無視はしねえだろ、普通」
そうかな。聞こえなかったフリとかしてもおかしくない質問をした自覚はちょっとあるから、やっぱり火神くんは優しいと思う。
「よくキレてるイメージあるだろ、ほら、黒子に怒ったりとか」
「あれはキレるっていうか、ツッコミじゃない?」
「……バスケしてる時とか、」
「スポーツしてる時に熱くなるのと怒るのは違うでしょ?」
「……いや、……あー……まあ、怖がられてねえってことだから良いことなのか」
話しながらもホッチキスを止める手は止めずに、やっぱり怒らないで根気よく付き合ってくれる火神くんは優しい。
「……オレは自分のこと怒ってばっかだなって思ってたから、その質問には答えらんねえ。わりいな」
「ううん。私の方こそ急に変なこと聞いてごめんね。いつも優しくてすごいなって思ってたから今がチャンスだと思ってつい聞いちゃった」
「……そういう風に考えられるオマエが優しいんじゃね?」
「そういう風に受け取ってくれる火神くんが優しいんだよ」
本当に優しくて変な会話に付き合ってくれる火神くんに感謝する。
「あー……まあ、褒めてくれてサンキューな」
「変なこと聞いたのにおしゃべりしてくれて私の方こそありがとう」
「……なんか調子狂う」
苦笑いを浮かべた火神くんに感謝しつつ申し訳なくなる。ほんと変なこと聞いてごめんね。
「もう先も見えてきたし、あとは私がやるからバスケ行ってきていいよ」
「一緒に頼まれたんだから最後まで付き合う。それに部活じゃなくて普通に集まるだけだし時間とか気にしなくていい」
「でもバスケする時間短くなっちゃうし……」
「気にすんなって。それこそこんなことで怒んねーし」
な?と、にっかり笑われてありがとうと言葉にした。
やっぱり優しい人だなあ。
────────
「そいつ知り合いか?」
知らないおじさんに道を尋ねられて私の拙い説明で手間取っていれば急に影がおりて背後から声が聞こえて驚く。目の前のおじさんも私の背後に立つ人の大きさに驚いたのか目をまんまるくしていて、振り返ってホッとした。
「火神くん」
「知り合いか?」
この間の時のような優しい火神くんはいなくてどこか威圧的な姿に思わず声が出てこなくて頭を左右にふって意思表示をする。すると途端に目が細くなったかと思えば私とおじさんの間に割り入って大きな火神くんの背中で視界がいっぱいになって何も見えなくなってしまった。
「なんか用すか」
「いや、あの、道を、聞いていただけなんだけど、もう大丈夫です、ありがとう」
かろうじておじさんの声だけ聞こえてさっきの私の拙い説明だけで本当に理解したのか心配になる。
「おいこら」
「わ、おこっ、てますか」
振り向いた火神くんの声音と表情に思わず怒った!と言いそうになってなけなしの敬語を付け足す。私の反応に眉根を寄せていたから思わず。でも敬語にしたせいで余計に茶化したようになってしまって慌てる。純粋に火神くんが怒るところを見て驚いただけで茶化すつもりは毛頭ない。
「怒ってる。今オマエ危なかったんだぞ、わかってんのか」
「え」
「……まともな大人は子どもに声掛けたりしねえんだよ。道を聞きたいならそこら中に大人が歩いてるしナビだってある。わざわざその中から子どもを選ぶやつはまともじゃねえからその時点で逃げろ。わかったか」
「火神くんはやっぱり優しいね」
低い声で、怒っているのはわかる。
「……マジで怒ってんの、わかんねえ?」
唸るような声にびくりと肩が揺れた。怒られてるのはわかってる。私の危機感が欠けていたことも理解した。それを踏まえて火神くんの言動を見るとやっぱり優しいなと思ってしまう。
「優しいのは長所だと思うぜ。でも気をつけろよ、オレが来なかったらどこかに連れ込まれてたかもしれねえ」
本当にただ道を聞きたかっただけかもしれねえけどやっぱこんだけ周りに大人がいる中で女子どもに目つける大人はやべえよ、とぼんやりとしている間抜けな私に注意をしてくれる火神くんに頭を下げる。お礼と、謝罪の意味で。
「うお、なにしてんだ」
「ごめんなさい、と、ありがとう、……です」
「別に礼を言われたいわけでも謝られたいわけでもねえよ。……ただわかったらこれからは気を付けろよ」
「うん、……ありがとう」
「だぁから……まあわかったんならいいか。てか顔上げろよ。今度はオレがオマエに絡んでるみてえになってるから」
そう言われて慌てて顔を上げた。困ったように頬をかく火神くんに近寄って周囲に仲がいいですよアピールをする。はずだったのに、一歩下がられて顔を上げれば不思議そうな表情をまぜた困った顔で見下げられて首を傾げる。
「仲良しですよアピール……したかったのに……」
「……ああそういう……いやそれにしてもちけえわ」
「……ごめんなさい……」
ことごとく火神くんと噛み合わなくて申し訳なくなってきた。なんだか火神くんに迷惑ばかりかけている気がする。変な質問したり、助けてもらったり、助けてもらったのに私のせいで周りから変な目で見られてしまったり。
「……いや怒ったわけじゃねえ、……ってのはわかってるだろ」
火神くんが怒ってくれたのはさっきだけ。今は困らせてしまっている。それはわかっているからこくりと頷いた。
「ほんとおかしなやつだな」
はは、と、急に破顔した火神くんが眩しくてぱちぱちと瞬きを繰り返してしまった。
「火神くんはやっぱり優しいね」
2020/04/15