「あら、ホップくんのおにいさん」
「ダンデです。すみません、ホップを見かけませんでしたか」
「ホップくんなら元気にチャンピオンを引っ張って珍しいポケモンがいるだとかで見物しに行きましたよ」
「……入れ違ったか」
「ホップくんのおにいさんは迷子ですか?」
「迷子にならずに辿り着けた時に限って入れ違うんです」
ホップくんから耳にタコができるほど聞くかっこいいアニキ自慢とは別に、方向音痴のこともよく聞かされるから思わず微笑ましくて笑みが浮かんでしまう。かっこいい苛烈なエピソードばかり聞いているおかげか、ふとした時の仕草の控えめなところにギャップを感じてしまう。ギャップを感じるほど、ホップくんのおにいさんのことは知らないのだけど。
「ホップと仲が良いんですね」
「ポケモンに詳しいわけでもないのに仲良くしてもらってうれしいです」
「詳しくない……」
「いや知ってますよ。このとおり一緒に暮らしてる子もいます。この子の好きなことや嫌いなこと、気をつけなきゃいけないことは一緒に暮らしている人間としてきちんと勉強してます。でも本当にただそれだけで、ホップくんの好きなバトルのこととかは話せないのに近場を通るたびに話に来てくれてとても嬉しいんです」
「ホップはオレのことはなんと説明してるんでしょうか」
「強くてカッコよくて最高のアニキ!ですよ」
「……そうですか」
どこか照れくさそうな、でも何故だか少し複雑そうな表情で首を傾げる。
「いえ、……負けてしまったので。ああいや一度の敗北で諦めるなんてことはしませんが、その、頭ではわかっていても、完璧なアニキ像を壊してしまったんではないかと不安で」
「大丈夫ですよ、ホップくんがおにいさんのことを大好きで尊敬しているのはものすごく伝わってきますから。ホップくんもお年頃ですし、昔よりも本人に伝えるのは気恥ずかしくなってしまってホップくんのおにいさんが不安になるのも仕方ないですけど、不安になる必要なんてないですよ」
私の、というより他人の言葉に意味があるのかわからなくても、つい、励ましてしまった。だっていつも聞いていた朗らかな笑顔が陰るところを見たくなくて。ホップくんから聞いている、自信満々なアニキ、な姿を間近で見てみたくて。
「はは。いや、すみません。……なんだか気恥ずかしくて」
その顔を隠そうと思ったのか俯いたせいで余計にその表情が見やすくなった。照れている。
「……かわいいですね」
「ああ、その、……はい。かわいくて自慢の弟です」
だからつい、ぽろりと溢れてしまった言葉に焦ったのも束の間、勘違いしてくれたホップくんのおにいさんにホッとする。私がかわいいと言ってしまったのはあなたのその態度であって、ホップくんのことではなかったから。ホップくんも確かにかわいいからその勘違いも間違いではないのだけど、でも、そう勘違いしてくれてホッとした。
「……あの、約束をしてたんですか?」
「いや、約束はしていなくて、ただここにいると聞いてそれなら近いからと寄ってみただけなんです。お邪魔してすみません」
「いえそんなことは。あの、もしよろしければここでお待ちしますか? ホップくん、あとで戻ってくるから、と言っていたので」
「待ちたい、ですが、空き時間に少し会えればと思っただけなのでもう行かないと。でもあなたとお話しできてよかった」
突然強い風が辺りを襲って思わず目をつむる。風が止んだ気配に恐る恐る目を開けばリザードンの背にまたがるホップくんのおにいさんが見えて口があんぐりと開いてしまう。
「驚かせてすみません。また!」
再び突風が起こって、だけど今度は何か理解していたおかげか目は閉じずにリザードンのかっこいい羽ばたく姿を見ることができた。よく落っこちないで飛んでいけるなあ。そんな心配なんてしなくてもいいんだろう信頼関係が築かれているひとりと一匹の姿はとても眩しい。
「へあー……そりゃああれだけかっこいいアニキ自慢するよね」
「おっ、アニキのかっこよさにやっと気付いてくれたのか」
「うわっびっくりした! えっ、あっ、ほら、あそこ、おにいさん!」
「え? アニキ来てたのか?!」
どこどこと私の指先を追おうとしても、とんでもないスピードで飛んでいってしまったのかたぶんもうあの豆粒のようななにかなんだろうな、なんて指差す私も曖昧なほど彼方に飛んでいった姿に苦く笑う。
「はじめて話したけど、実物は話以上にかっこいいね」
「おう! 自慢のアニキだ!」
「ふふ。ホップくんのおにいさんも、自慢の弟だって言ってたよ」
かわいくて、は思春期の男の子には複雑な気持ちになるだろうと思って付け足さなかった。かわいい、に派生しちゃったのは私のせいでもあるし。
「へへ」
でもやっぱり、兄弟なんだなあ。照れ臭そうに笑うホップくんがとてもかわいくて頬が緩んだ。
「あら、ホップくんのおにいさん」
「ダンデです。すみません、もしかして今日も入れ違いでしょうか」
「あの子たち、とても元気なので……」
誰も悪くはないのだけどつい、ホップくんのおにいさんの表情を曇らせるのは罪悪感を覚えてしまう。なんだろう、常に自信満々、完璧なアニキという像をホップくんから聞いているから余計にその像を崩してしまう発言をしなきゃいけないというのがどうも心苦しい。
「そうですね、オレも負けてられない」
心苦しい、なんて考えた私が馬鹿だった。強くてかっこいい最高のアニキはすれ違うくらいは微笑ましい出来事らしい。爛々と輝く瞳はどこか挑戦的で好戦的で、それなのに頼もしくも見える。
「今日もリザードンと一緒に?」
「オレより頼もしい土地勘を持っているので。そうじゃないとまだここら辺は迷ってしまいます」
小さくなったボールを見せられて微笑む。
「少し入り組んでますから空から見る方がひらけてわかりやすいのかもしれませんね」
「……兄弟揃って押しかけてすみません」
「え? いえそんな。さっきも言った通りここは少し入り組んでいて人気が少ないのでお客さんが来てくださるのは嬉しいですよ。……あっ、いえ、ホップくんのお客さんであって私のお客さんではありませんけど、」
言ってから気付く。ホップくんのおにいさんはホップくんに会いに来てるだけで別にここを尋ねに来ているわけじゃない。焦って言い訳をすればするほど墓穴を掘ってしまいそうでもごもごと情けなく口を動かす。
「……弟のように、オレもあなたに会いに来てバトルの話や他愛もない話をしに来てもいいですか」
「え?」
もごもご、どうすればいいのかわからなくて動かしていた口がぽかんと開く。ホップくんのおにいさんを見上げれば私をまっすぐ見ていて、何を言われたかをきちんと脳内で反芻する。ホップくんのように、……ホップくんのおにいさんもここに遊びに来てくれるのはとても嬉しい。嬉しくて顔が思わず綻んでしまう。
「あっ、はい、それは全然、むしろ嬉しいです! でもホップくんのおにいさん、いつも忙しそうだし、その、ただでさえ今もホップくんとすれ違って私ばかりがおにいさんとお話ししてやきもちやかれそうなのに、いいのかな、っていう心配がですね……」
でも、ホップくんにやきもちをやかせてしまうことになるなら申し訳ないし、空を飛んでひとっとび、とは言ってもやっぱりここにくるのは少し面倒だろうし、お気持ちはとても嬉しいですけど、という話の流れにどうにか持っていこうと努力する。
「ホップはそういうことは気にしない男です。オレのことをかっこいいアニキだと慕ってくれますが、ホップのほうがオレよりよっぽど大人です」
「え?」
「ホップに怒られるかもしれないですが、ホップの気持ちが少しわかりました」
何が?と聞こうとしたのに突如ボールを放ってそこからリザードンが現れる。
「アニキ!」
ホップくんの声に振り返る。後方から大慌てで、だけど嬉しそうな笑みを浮かべて大きく手を振るホップくんが見えて、この間の豆粒よりはきちんとおにいさんを見ることができてホッとした。
「久しぶりだな! でももう時間なんだ、またな!」
えー!と一瞬不満げな顔を見せたホップくんだったけど別れの挨拶にすぐに切り替えるホップくんにさっき聞いたよっぽど大人です、という言葉を思い出す。
「あ、ホップくんのおにいさん。今日はホップくん、来てないんですよ」
「ダンデです。ホップは関係……ないんですが、やっぱりあります」
いつの間に来ていたのか玄関の扉を開けたらすぐそばに立っていて一瞬驚く。びっくりした。今日はホップくん来ていないし、天気もあまりよくないからたぶん来る予定もないと思うけど、なんて勝手に申し訳なく思っていれば訳の分からないことを言い出す姿に首を傾げる。
「今までホップも、チャンピオンの弟だと言われてきっと複雑な思いをしてきたんでしょう。ホップくんのおにいさん、と呼ばれてはじめてそれに思い至りました。気付いた時にはチャンピオンの弟ではなくなってしまったんですが」
はは、と自虐的に笑うそれはどう反応すればいいかわからない繊細な話題すぎて固まる。それでもメインの話は理解できた。私が、とんでもなく失礼なことをし続けていたということ。
「す、すみません、ホップくんの方と先に知り合ってその、なんといいますか、……すみません、ダンデさん」
「……あ、いや、これはあれだな、オレの言い方が悪かったな。違うんです。あなたを責めたいんじゃなくて、……これはオレのただのわがままだから」
慌てて頭を下げたのにダンデさんから返ってきた違うという言葉に焦る。
「えーと。どう言えばいいんだ……あー……責めるつもりはないんです。……濁すからわかりにくいんだな、もう腹くくるか」
「え?」
「オレはあなたが好きだから、ホップにもちを妬いてしまうんです」
「……え?」
「ダンデと呼んでほしい、オレを見てほしい。ただそれだけのわがままを遠回しに言ったせいであなたを無駄に傷付けました、すみません」
「え?」
え?
この言葉しか発せない呪いにでもかかったのかというほどそれしか音にできない。
「好きだ」
「……、」
まっすぐな目で見つめられて、とうとう一音すら声に出すことができなくなってしまった。
2020/11/21