背中の秘密
「レポート終わったぁ〜!」
様々な教材が散らかる部屋で、小鳥は両手を上げた。記憶力は良い方で、書いた内容を所々覚えていたのは幸いだろう。しかし時計を見ると既に12時を回っていた。明日の授業2限からだが、そろそろ寝ないと寝過ごしてしまう。風呂に入って来よう――と彼女は部屋を出た。
同居人の安室とは朝に出会ったきりだ。彼は日付を過ぎて帰宅することが多いが、朝は小鳥より早く起きて朝食の準備をしている。そんな彼を小鳥は心の中で尊敬していた。
「でも、朝隈が酷かったから…無理してないと良いなぁ。――安室さんってポアロと探偵業の他にも仕事してる気がするんだけど…まあ詮索は良くないよね。」
長い髪をかき上げ、頭からシャワーを浴びる。さっぱりとして浴槽を出れば、下着のみしか用意していない事に気が付いた。仕方なくブラとショーツを身に着け扉を開けると、今まさに風呂に入ろうとしていた半裸の安室と遭遇した。
「…あ、おかえりなさい…安室さん…。」
「…ただいま帰りました。……あの、すみません――見るつもりは無かったんですけど。
あの、その…。……案外着やせするタイプなんですね…。」
顔を手で隠しながらも、ちらりと見てしまうのは男の性だろう。安室の視線を追って、初めて自分がとんでもない恰好で彼の前に立っている事に気が付いた。
「あああああああああごめんなさい!!!!ふ、服取ってきます!!!」
「いえ、あの言葉を間違いましたすみません――…火傷、の痕…?」
走り去っていく彼女の髪が乱れ、背中が露になる。そこに刻まれた古傷を見て、安室は眉を寄せた。
暫くして部屋着を着た小鳥はリビングへと戻る。冷蔵庫から緑茶を取り出して一気に飲み干した。そして非常に重いため息を吐いた。
「…案外、鍛えられてたなぁ…。安室さん。」
「それはどうも有難うございます。」
「ひゃあ!?もう、右側に立たないでくださいよ〜!」
「あ、すみません――わざとでは無いんです。わざとでは。因みに先程の件も決して覗きをしようとしたわけではありませんので…。」
「いや、それは分かってますけど…。」
向いの椅子に腰かけた安室の分も緑茶をいれ、彼の目の前に置く。再び椅子に座ればまたため息が出た。
「…うっかりしてたんですけど、背中、見えましたよね。すみませんお見苦しいものを…。」
「いえ、そんな事は――…結構、酷い痕でしたね。」
「安室さんも、傷跡いっぱいでした。――…前におじさまが、探偵の仕事は時に危険だって言ってましたけど…無理はしないでくださいね。隈、酷いですよ。」
目元を指さすと、安室は苦笑する。かくいう自分も徹夜のレポート制作続きで酷い顔をしているのだが、安室は恐らくそれ以上だ、と小鳥は思う。
「バイト…探偵のバイト、いつでも呼んでください。私にできる事なら何でも手伝いますので…。」
少しでも、彼の負担を減らそうとそう言えば、彼は笑った。
「小鳥さん、推理小説お好きですよね。」
「えっと、そうですね。好んで読んでると思います――まあ、本はなんでも好きですけど。」
「僕は最近読書が出来てなくて…何かお勧めはありますか?」
「それなら…!…いえ、教えられません。」
一度嬉しそうな顔をした小鳥だが、すぐにそっぽを向く。安室が不思議そうに首を傾げると、彼女はおずおずと言った。
「安室さん、寝不足でしょう?小説なんてお勧めしたらもっと睡眠時間が減っちゃいます。」
「ふふ、心配してくれてるんですね。嬉しいな。」
「当たり前ですよ!安室さんが倒れちゃったりしたら私…泣いちゃいます。」
「僕の為に泣いてくれる小鳥さん…見てみたいです。」
「もう、揶揄わないでください!」
小鳥は紅潮した頬を両手で隠す。初々しい反応に、安室は驚きつつも微笑みを見せる。暫く歓談をした後、お互いの自室に戻り、彼は自分の携帯を開く。受信メールが一件、差出人は風見裕也だ。
「彼女が信用できる人間かどうか…自分で決めて話せって事か…。」
ぼふ、と布団へ転がり込む。安室は悩み抜いた末、返信ボタンを押して眠りについた。
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