伝えられなかった言葉


「…ん…」
ぼんやりと意識が浮上する。何度か瞬きして視点を合わせると、どうやら倉庫のようだった。拘束はされていない――…状況を把握しようとしていると、不意に男が視界に現れた。
「おはよう嬢ちゃん。気分はどうだい?」
「…いいわけ無いでしょう。」
「はは、そりゃそうだ。まあ嬢ちゃんはエサだから、大人しくしてれば危害は加えないし、後でちゃんと解放してやるよ。あ、チョコ食う?」
調子のいい男に無理やりチョコを捻じ込まれ、彼女は仕方なく咀嚼した。アーモンドの風味が口の中に広がり、思わず顔を顰める。
「ん?アーモンド苦手だったか?」
「まぁ…。チョコならビターの生チョコ一択かな。ところで、なんで私を連れてきたの?私、貴方とは初対面なのだけど…。」
「あんたは俺を知らなくても、俺はよーく知ってるよ。桜庭小鳥ちゃん。っと、来た来た。」
男は嬉しそうに立ち上がる。すると、倉庫の重たい扉が開き両手を拘束された男が突き飛ばされるようにして入ってくる。見覚えのあるその男に、小鳥は目を見開いた。
「…安室、さん。」
「小鳥さん…無事で良かった。」
小鳥の顔を見るなり、安室は安心したような表情を見せる。なんで来たのか、と問いただそうとすれば、先ほどの男に背中を蹴られた。痛みに歯を食いしばれば、そのまま足で冷たいコンクリートへ転がされる。
「久しぶりだな、バーボン。元気そうじゃねぇか…。まさかお前が人質につられてノコノコやって来るとは思わなかったよ。」
「同じ組織の人間なら捨て置き出来ますが――…生憎彼女は一般人なのでね。見殺しにするわけにはいかないでしょう?その汚い足を、彼女からどけて頂けますか?」
「違うな。お前は一般人だから嬢ちゃんを助けに来たんじゃない。――嬢ちゃんが死んじまうとアラックの隠した情報の在処がわからなくなるからだろ?」
ドクン、と彼女の心臓が脈を打つ。どう言う事かと安室を見れば、彼は眉を寄せて男を睨んでいた。男は、懐から拳銃を取り出し一発撃つ。当てるつもりは無かったのか、銃弾は安室の頬を掠めた。僅かに切れた皮膚から血が流れる。しかし安室は気にした様子もなく冷たい瞳で男を見た。
「お前を殺して嬢ちゃんから奪った情報を組織に献上すれば――俺は一気に幹部入りだ。
お前が殺したアニキに良い土産話が出来るってもんだ。なぁバーボンよぉ!」
二発、今度は安室の腹部と足を打ち抜いた。小鳥は何とか足の下から出ようとするも、体重を掛けられているためびくともしない。いっそこの足に噛みついてやろうと手を伸ばせば、コンクリートから複数の足音が耳に入り、思わず手を止める。ふと安室をみると、彼は下を向きながらにやりと笑った。
「なあ、嬢ちゃん。コイツはな、あんたの父親を殺した奴らの仲間なんだぜ?笑っちゃうよなぁ…優しく心配するふりしてあんたから情報の在処を聞き出そうとしてたんだもんなぁ。――あんたの家を燃やして自分の傍に置いて監視してたんだよ。酷いだろう?」
「――…たとえ、そうだとしても安室さんが私にしてくれた事は無かったことにはならない。それに、安室さんは直接私から情報を聞き出そうとした。貴方みたいに人質とって脅したりする卑怯者じゃない!」
小鳥は男の足を掴むと、もう片方の手で思い切り肘打ちをする。痛みに男の足が浮けば、素早く逃げ出し、彼の落とした拳銃を掴む。男が倒れたのと同時に、大きな音を立てて倉庫の扉が開き、スーツ姿の男数名が拳銃を構えて中に入ってくる。男は敢え無くお縄となった。

捉えられた男が連行されていく。詳しくは分からないが、彼らは警察官なのだろう――と小鳥は思った。
「…小鳥さん、時間稼ぎをしてくださってありがとうございます。」
「――…いえ、安室さんの為じゃないです。」
足を引きずりながら、安室は小鳥の傍に来て立ち上がらせるために手を伸ばす。
小鳥は、その手を取らず男から奪った拳銃をゆっくり安室へと向けた。
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