無くした記憶


深夜2時、机の上に放っておいた携帯が着信を告げる。画面には「ベルモット」の文字。安室は心底嫌そうな顔をしながら電話を取った。
『ハァイバーボン。随分出るのがおそかったじゃない?』
「貴女ね、こっちは深夜ですよ。寝てたに決まってるじゃ無いですか…。それで、何の用ですか?」
『…彼女がアラックの情報について何も知らないって事はラムに伝えたわ。それで新たな指令なんだけれど…これからも彼女を見張れって。やっぱり完全に信用はしてないみたいね。』
「やはりですか…見張った所で、元々知らない情報が出てくるとは思いませんけどね。」
『でも彼女、どうやら記憶が一部消えてるようなのよ。消えてしまった記憶の中に手掛かりがあるんじゃないかって、ラムはそう言ってたわ。』
「記憶が?」
『ええ、組織は以前から彼女の事を危険視していたわ。でもある日、ある幹部が彼女を殺そうとしたのよ。――貴方も良く知ってるでしょう?キルシュヴァッサーよ。』
ベルモットから告げられた名前に、安室は息を飲む。その名前は良く知っている――…安室自身が自らの手で殺した男のコードネームだ。
『10年前、アメリカの教会で起こった銃乱射事件――彼女はそこに居た。火を放たれて燃え盛る教会の中にね。その事件のショックで所々記憶が消えてるようよ。』
「もしかして、彼女の家に火をつけたのは…」
『ええ、同じようなショックを与えれば戻るかと思ったけどうまくいかなかったわ。』
残念ねぇ、と彼女はため息を吐く。安室は心の中で「悪魔め」と悪態をついた。
まあこっちでも他にきっかけになりそうな事を探してみるから、貴方も貴方でお願いね。
――貴方、ラムに疑われてる事、忘れるんじゃないわよ。』
わざとらしいリップ音の後に通話が切れる。安室は無音になった携帯をみつめた。この組織に入って5年、それなりに貢献してきたはずだ。しかしラムが自分を疑っているという事は何からしくないミスでもしたのだろうか――…。色々な思考が頭を駆け巡り、その夜安室は眠ることが出来なかった。

早朝
「安室さん、おは……って隈凄いですよ?眠れなかったんですか?」
自室から出てきた小鳥は安室の顔をみるなり心配そうに駆け寄る。身長差の為、下から自分を見上げる彼女の肩を、安室は両手で包み込んだ。
「安室、さん?あの、どうかしました?」
「――…小鳥さん。大事な話があります。…今日は何時に終わる予定ですか?」
じっと小鳥を見つめる安室の表情はどこか不安そうだった。彼女は、安室の腰に手を回し抱きしめるように頬を寄せた。
「今日は大学、お休みします。…そんな顔した安室さん、置いていけませんから。」
安室の胸元に頭を埋めれば、すこし早い彼の鼓動が響く。彼の腕が背中に回るのを感じて、小鳥はゆっくり目を閉じた。
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