指輪の行方
二階席の最前部と中央右上のビデオスクリーンに流れていた『機内安全のご案内』のビデオが終わると、チーフパーサーが一階から搭乗お礼のアナウンスを始めた。するとその時、樹里が苦しそうな顔で俯いた。
「どうかしたンすか?」
「なんだか気分が悪くて…」
樹里が右手で顔を覆うと、通路を挟んで隣の席の天子が「きっと疲れがでたのよ」と声を掛けて来た。そして、バックから小瓶を取り出し、
「ほら樹里、手を出して。ビタミン剤よ。」
と、通路越しに樹里の右手に小瓶から錠剤を落とした。樹里は受け取った錠剤をそのまま口に入れ、ゴクリと飲み込む。コナンは斜め後ろの席から。スター・サファイアの指輪をはめた樹里の右手を注視した。やがて、管制塔から離陸を許可された865便は、滑走路の端から走り始めた。
飛行機が離陸して少し経つと、歩美は「あれ?」と両手で耳を抑えた。
「なんか…耳が変」
「気圧が変わった所為ですよ、唾を飲み込めば治ります。」
元太も顔をしかめていると光彦がそう助言する。二人はゴクンと唾を飲み込んだ。
「まだ変」
「なおんねーぞ」
「だったら、鼻をつまんでフンッって息を吐くんです」
光彦が実際にやってみせると、前の席の灰原は「でも」と口を開いた。
「急にやっちゃだめよ。フラフラすることがあるから」
元太は大きく息を吸い込んで鼻をつまむと、フンッと息を吐いた。続いてやろうとした歩美は振り返ってみているコナンに気付く。
「コナン君、前向いてて」
「あ、ああ…」
コナンが不思議そうに前を向くのを見て、小鳥は思わずくすりと笑う。
「やっぱり女の子ね…。鼻をつまんで息を詰めるなんて、あんまり素敵な顔じゃないから…異性、特に好きな人には見せたくないものです…」
「小鳥さんも僕に見せたくないですか?」
「当たり前です。でも私はあまりならないのでご心配なく」
得意げに笑う小鳥に、思わずキスしたくなる衝動を理性で押さえた安室は自らの手の甲を強くつねった。
やがて飛行機が水平飛行に入り、シートベルト着用サインが消えた。非常口の傍にあるジャンプシートに座っていたキャビンアテンダントがシートベルトを外して立ち上がり、座席後方のカーテンで仕切られたギャレー(調理室)へ向かう。樹里もシートベルトを外して立ち上がろうとすると、隣の小五郎が色紙を取り出した。
「すみません、樹里さん。記念にサインをお願いしたいんスが…」
「え?ああ、いいですよ」
座りなおした樹里が色紙を受け取り、小五郎はサインペンを取り出そうとスーツの内ポケットに手を入れた。
「ん?ああ、しまった!サインペン、忘れて来た…」
すると後ろの席からなつきが「牧さん」とサインペンを差し出した。
「これ、どうぞ」
「ありがとう。これかだらこの子は手放せないのよね」
樹里はさらさらと色紙にサインを書いていく。その後も何人か樹里の傍を通ったが、まだ指輪は無事だ。トイレに立った彼女を見送って、コナンはふう、と息を吐く。然し樹里は直ぐに戻って来た。
(やけに早いな…)とコナンが不思議そうにしていると、彼女の顔を見たなつきが「ちょっと真佐代さんチョコレート」と隣の真佐代を促す。樹里はと言えば、今度はキャビンアテンダントに付いてコクピットへと姿を消す。慌てて彼女を追うコナンを見ながら、小鳥は眠そうに瞼を閉じた。
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