一日学生体験
「…あの、小鳥さん…これは一体…」
「ご、ごめんなさい…。まさかこんな事になるとは…」
大勢の女子に囲まれた安室と小鳥は冷や汗をかく。きゃあきゃあと黄色い声を上げるのは、小鳥の通う帝都大学の学生たちだ。何故こんなことになったのかと言えば、話は昨日の夜へと遡る――。
「零さん、明日大学に行きませんか?」
函館から帰宅して10日が経った頃、小鳥は笑顔でそう言った。よくよく理由を聞けば、大学の友人に、犯罪心理学の講義に誘われた…との事だった。医療を専門に受講している小鳥には全く関係のない分野だが、たまたま講義の無い時間帯だった為お試しとして何度かこっそり紛れ込んでいるらしい。たまたま急ぎの用事も無かった安室は、彼女に連れられて大学に入り、今の状況を作ってしまった――と言うのがこれまでの経緯だ。
「小鳥!」
人ごみをかき分けて、ショートボブの女性が隣にやってくる。彼女が小鳥をこの講義に誘った学院生、四条八重である。八重は集まるギャラリーを振り返り、
「ほら散った散った!いくらイケメンでもこの人彼女持ちなんだからちょっかい出さないの!」
と、腰に手を当てて言い放った。残念そうに席を離れていくギャラリーを見送って、八重は安室に手を差し出した。
「初めまして、安室さん!あたしは四条八重、小鳥の唯一無二の親友だよ!」
「初めまして、安室透です。小鳥さんとお付き合いさせて頂いています」
安室は差し出された八重の手を握る。そして、彼女の後ろに控えているもう一人の女性に視線を向けた。
「そちらの方は?」
「ああ、こっちは須藤香澄!あたしの幼馴染でさ、極度の恥ずかしがり屋だからいっつもあたしの後ろに居るの!」
「本当は、安室さんに私のお友達を紹介したくて連れてきたんですよ。講義は口実です」
ぺろ、と舌を出して笑う小鳥に、安室は砕け散りそうになる理性を手の甲をつねる事で何とか抑えた。そうこうしている間に、教室へ眼鏡を掛けた男が入ってくる。彼はこの講義を受け持つ帝都大学の准教授、檜山基博だ。八重と香澄は、小鳥の隣に座ると、メモを取るためのルーズリーフを広げた。
講義を終え、学食で昼食を取った八重は、小鳥と安室を質問責めにする。香澄はトイレに立っていた。またここでも安室が女子生徒に囲まれてしまい、八重が追い払うという展開が繰り広げられた。
「もう、小鳥はもっと独占欲出していかないとダメだよ?そんなんじゃ安室さん取られちゃうよ、最近の女の子は肉食系なんだから!」
「え?ああ…ごめん、最初はちょっと嫌かなって思ったけど、慣れちゃった」
「ちょ、慣れないでくださいよ!?」
安室は驚いたように小鳥を見るが、彼女はいつもの表情を変えずに紅茶を飲んでいる。それが安室の加虐心を煽ったのか、彼は意地の悪い笑みを浮かべた。
「でも、そうやって冷静なフリをして、二人きりになると僕にくっついてきて可愛いんですよね。小鳥さんは…。どうしたのか聞いても答えない時は、大体ヤキモチでいじけてます」
「安室さん!?」
慌てて彼の口を塞ごうとするも既に安室の思う壺だ。次々と自分の痴態を話すこの男をどうにか止めようとしていれば、香澄が席に戻って来た。
「おや、香澄さん。おかえりなさい」
「た、ただいまです…お待たせしました」
「じゃ、講義も終わったし――遊びにでも行く?」
八重は食器のトレーを持って立ち上がる。その時、
『きゃああああああ!!!!』
と言う甲高い悲鳴が校内に響いた。
「悲鳴?…あ、安室さん!」
「小鳥、絶対僕の傍を離れないでください!」
「…はい!八重ちゃんと香澄ちゃんはここに居て!」
小鳥は、驚く二人にそう言うと、安室と共に声のした方へ駆け出した。
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