残った証拠
安室と小鳥が悲鳴のした場所へ駆けつけると、学生数名と警備員が驚いたように部屋の前に立っている。何があったのかと尋ねれば、怯えた女子生徒は震える指で室内を指さした。そこにあったのは、檜山基博の絞殺死体だった。小鳥は思わず息をのむ。警察を呼ぶように指示した安室は、どこから取り出したのか手袋をつけ部屋の中へ入る。
「首に吉川線…絞殺で間違いないでしょう。第一発見者は?」
「わ、私です…。ノックしても返事が無いから、居ないのかと思って窓から確認したら先生が倒れて居て…。開けようとしたんですけど、扉に鍵が掛かっていたので警備員さんを呼びに行ったんです。」
橋爪と名乗った女子生徒はおずおずとそう答える。
「すみません、この部屋を開ける鍵は何個あるか解りますか?」
「二つです。一つは檜山教授が所持していて、もう一つは警備室に管理されています。それがこの鍵です…。」
「…警備室に鍵を借りに来た人物は?」
「いいえ、誰も。」
そう聞いて安室は難しそうに眉を寄せる。小鳥は「安室さん?」と彼の顔を覗き込んだ。
「…それならこれは、密室殺人だ」
「え?密室殺人…ですか?」
「ああ、檜山教授が持っていたもう一つの鍵が、彼のポケットに入っている。加えて窓は閉め切りで外側から開けることは出来ない…。警備室の予備に持ち出された形跡がないところを見るとこれは密室殺人と断定して問題なさそうだな」
安室は、檜山の上着のポケットから鍵を取り出した。
「小鳥!これって、なにがあったの?」
騒ぎを聞きつけて集まって来たギャラリーの中から、八重と香澄が駆け寄ってくる。彼女たちは檜山の遺体を目にし、小さく息を飲んで「まさか…」と呟いた。
「八重さん、香澄さん…あなた方は檜山教授の生徒ですよね?彼に恨みを持っていた人物に心当たりは?」
「…そんなこと言われても、多分沢山いるし…」
「え?」
八重は眉を下げて溜息を吐いた。
「先生、真面目そうな顔して女癖悪いんだよね。身体売って単位取った学生もいるって噂も流れてたし…」
「わ、私も聞いた事あります…」
香澄が小さな声でそう言えば、ギャラリーからも同意の声が上がる。小鳥は困ったような顔で安室を見た。これでは殺害の動機を持った人間が多すぎて絞るに絞れない。すると、先ほど呼んだ警察がやっと到着したようでギャラリーを掻きわけて姿を現す。帽子を被った恰幅の良い男、やせ形の男に美人の婦警だ。男性の2人は小鳥も良く知っている刑事の目暮と高木だ。
「あれ?桜庭さんと安室さんじゃないですか。どうしてここに?」
「ああ、彼女はここの学生で…僕はたまたま付き添いで」
安室が人の良いい笑みを浮かべながらそう言うと、女性の刑事が小鳥の肩に手を置いた。
「それじゃあ貴女も、事情聴取に参加して貰ってもいいかしら?疑っている訳じゃないけど、形式的に全員のアリバイは聞いておきたいの。ごめんね」
佐藤と名乗った女性刑事は申し訳なさそうにそう言う。小鳥は「構いませんよ」と返事をして、彼女の後に付いていく。その時、視界にキラッと光るものが映り、思わず足を止めた。椅子の影に落ちているそれは、とても見覚えのあるボタンで、彼女の背筋に悪寒が走る。同時に、この殺人の犯人が誰であるかと言うことを彼女は理解した。思わずそのボタンに手を伸ばすと、安室が小鳥の肩を掴む。
「…小鳥、それは…それは駄目です。それを隠したら、貴女は彼女と共犯になる」
「……でも、私…。これじゃあ、あのこが…」
「理由が僕の推理通りなら情状酌量が認められると思いますが…殺意を持った殺人ですから実刑は避けられないでしょうね。でも、『それ』が、今回の事件の重要な証拠なんです。解ってください、小鳥」
安室の真剣なまなざしに、小鳥は目に涙を浮かべて頷いた。安室がそっとボタンを拾っていく姿を横で眺めて居れば、高木が不思議そうにこちらを覗き込んでくる。ボタンを拾った安室は、高木を振り返って笑った。
「高木刑事、なにか不自然なものが落ちてませんでした?例えば、『糸』とか」
振り返った彼は、『安室透』では無く、『降谷零』の顔をしてそう言った。
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