薬指の約束


3/14早朝、小鳥は大学に行くため支度をしていた。今日の授業は3コマ目までなので夕方までには帰宅が出来る。ついでに夕飯の買い物も済ませて帰ろうと考えていると、部屋をノックする音が聞こえた。返事をしてドアを開けると、スーツに身を包んだ降谷が立っている。今日警察庁に出向するため、『降谷零』の日だ。
「おはようございます、零さん」
「おはよう、小鳥。その、今日なんだけど…夕飯、外で食べないか?」
丁度献立を考えていた時の外食の提案に小鳥は首を傾げた。
「構いませんけど、どうしたんですか?珍しいです…」
「いや、その…今日はホワイトデーだろ?だから食事でもご馳走出来たらと思って…な」
「そう言えば今日は3月14日でしたね。零さんとご飯、嬉しいです」
はにかんでそう言えば、降谷は照れくさそうに頭をかいた。降谷の仕事が終わる(正確には何としても終わらせて、終わらなければ部下に押し付けて退社する)時間に合わせて19時に待ち合わせの約束をする。小鳥はどこか浮ついた気分で大学へと向かった。

「あれ?安室さんと一緒じゃないんですか?今日はお休み取ってたから、小鳥さんと一緒に過ごすのかと思ってたんですけど…」
授業後、喫茶ポアロへと足を運べば、梓が不思議そうに話しかけてくる。
「今日は探偵のお仕事なんです。でも、夕食に誘ってくれて…安室さんの仕事が終わったら合流しますよ」
「そ、それって海の見えるホテルのレストランで指輪を渡してプロポーズってやつじゃないですか!?」
「…梓ねーちゃんって結構ロマンティックだよね…」
小鳥の横でアイスコーヒーを飲んでいたコナンがぼそりと言い、若干暴走しかけた梓を止める。渋々と仕事に戻っている梓を見送って、小鳥は小さく息をついた。
「どうした?」
「んーん、そうだったら良いなぁって思っただけ。安室さん実は本業の方に行ってるんだよね」
「ああ…ま、組織の件が片付くまで結婚なんて考えてる余裕は無さそうだな。俺もだけど…。てか、お前安室さんと結婚願望あったのかよ」
思いがけないコナンの問いに、小鳥は少し頬を膨らませる。
「当たり前でしょ、遊びで付き合うなんてことないもん。新一君だって蘭ちゃんと結婚願望あるんじゃないの?可愛くて家庭的でおっぱいの大きい幼馴染だもんねぇ、そりゃ好きになるのも当然かも?」
「お前だって可愛くて家庭的で胸デカいだろうが」
横目でちらりと彼女を見てそう言えば、「コナンくん?」と言う聞き覚えのある声と共に、只ならぬ殺気がコナンの背中を走った。
「あ、あ…あむ、あむろさん…」
「いくら幼馴染でもそれは頂けないな〜?小鳥さんの胸の大きさと柔らかさをほめていいのは僕だけなんだよ?」
「ちょ、ちょっと安室さんここポアロ…」
周りの視線を気にしながら小鳥は止めに入る。幸い他の客は2組しかおらず席も離れているので聞こえてはいないと思うが、恥ずかしさに顔は赤くなった。
「だ、大丈夫だよ。小鳥はいつまで経っても頼りになるねーちゃんなのは代わりねぇから…。安室さんもそんなに心配するなって、小鳥さっき安室さんとけっこ…」
「わーーー!!!あ、あむろさん!店、しまっちゃうから!行きましょう!!梓さんお金置いときますね、おつりいらないですから!!」
余計な事を言おうとしたコナンの口を無理やり塞ぎ、小鳥は安室の手を引いて店を出た。

安室――降谷の選んだ店は洋食店で、内装もかなりおしゃれな物だった。アンティークな小物が整った個室に案内され、メニューを手渡される。海は見えないし、ホテルの最上階でもないが小鳥にはとても居心地の良い店だ。
「小鳥、こういう店好きだと思って。個室なら人目を気にせずに色んな話が出来るだろう?」
「私の好み、すっかり把握されちゃってます。ありがとう、零さん」
「いえいえ。…あのさ、今日はその…大事な話があって」
出された前菜に手を付けていた小鳥は、真剣な面持ちの降谷を見つめた。
「俺は…こんな仕事だし、組織の件もまだ解決してなくてとても自分の事に時間を使う余裕がない。でも…お前を手放したくない。小鳥がどこか行っちゃうのがどうしようもなく怖くて…高校生相手にヤキモチも妬いて、みっともないのは分かってる」
先程の自分が情けなくなったのか、降谷は自嘲するような笑みを浮かべた。しかしまた不安げにも見える表情に戻る。そしてポケットから小さな箱を取り出した。
「…これが、そんな臆病者の俺からのお返し。…小鳥の左手の薬指、俺に預けてくれないか?」
箱の中に包まれていたものは、指輪だった。小鳥は思わず両手で口元を抑える。どんどん流れてくる涙を抑えられずにいれば、降谷は慌ててハンカチを取り出した。
「い、嫌だったか?」
「違う…違うの…嬉しくて…零さんが、私と将来も一緒に居たいって思ってくれてるのが凄く嬉しいの」
ハンカチでなんとか涙を拭い、呼吸を整えた小鳥は降谷に向かってそっと左手を差し出した。降谷の細い指が、彼女の薬指にそっと指輪をはめていく。二人は顔を見合わせて幸せそうに笑った。
「お返し、気に入ってくれたか?」
「勿論、大好きですよ…零さん」

END
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