心の傷


「小鳥さん!!」
病室に駆け込むと、小鳥はベッドの上で上半身を起こしていた。安室たちに気付いて扉の方を見るがどこかぼんやりとしている。
「大丈夫?小鳥のねーちゃん…」
コナンが心配そうに声を掛けると、小鳥はうつろな目つきでコナンを見つめた。
「……坊や、誰?」
「…っ、これってまさか…」
安室は驚いたように八重を見る。八重は心配そうに眉を下げ、口を開いた。
「この子、あたしたちの事ばかりか自分の名前さえ思い出せないんです…」
「んな馬鹿な…!こいつは?お前の恋人の安室透だ!こいつの事も思い出せないのか?」
小五郎は安室を指さすが、小鳥は静かに首を横に振った。
「…わからない。何も、思い出せない…」
「…小鳥…」
コナンが息を飲み、安室は唖然とする。記憶を失った小鳥は口を閉ざしたまま、暗い表情で俯いていた。

「逆行性健忘症ですね。突然の疾病や外傷によって、損傷が起こる前の事が思い出せなくなる記憶障害の一つです。桜庭さんの場合、目の前で佐藤刑事が撃たれたのを見て、強い精神的ショックを受けたためだと考えられます」
小鳥の診察を終えた風戸は、安室たちを呼んだ会議室でそう答えた。
「それで、小鳥のねーちゃんの記憶は戻るの?」
「今の段階では何とも言えないよ。でも、日常生活に必要な知識の点では異常はなかったから普通の生活は出来るよ」
風戸の言葉を聞いて、小五郎はほっと胸を撫でおろす。しかし、コナンと安室はどこか納得できない部分があるようで、お互い険しい顔をしていた。知り合いの刑事が目の前で撃たれたらショックを受けるのは当然だが、記憶を無くしてしまうほど彼女の心は弱くないと安室は知っている。
「(小鳥の心を抉るような出来事が他にあったと考えるべきですね…)」

説明を終えた風戸が会議室を出ていくと、入れ替わりに高木と千葉が入って来た。
「佐藤さんの手術、終わりました。弾は何とか摘出されましたが、助かるかどうかが微妙だそうです…」
「そうか…」
高木の説明に、目暮は険しい表情で肩を落とした。すると、たまりかねた小五郎が「警部殿!」と立ち上がった。
「こんなことになっても話してくれないっすか!?」
目暮は難しい顔をして、うむ…と小さく唸るだけで話そうとしない。
「白鳥!お前は知ってんだろ!?教えろ!」
小五郎が指さすと、白鳥は下を向いた。
「…犯人は必ず、我々の手で逮捕します」
ここまで来ても頑として口を開こうとしない二人に、小五郎はいら立ちを隠せずテーブルを叩いた。
「千葉刑事、トイレに落ちていた懐中電灯の指紋は調べたんですか?」
「え?はい…でも小鳥さんの指紋しか見つかりませんでした」
「え!?」
コナンと小五郎が驚いて同時に声を上げる。安室は「やっぱり…」と呟いた。
「懐中電灯を取ったのが佐藤刑事ではなく小鳥さんだったとすれば、小鳥さんは自分の所為で佐藤刑事が撃たれたと思ったはずでしょう。恐らく彼女が記憶を失った原因はそれでしょうね」
目の前で佐藤が撃たれ、自分の所為だと思った小鳥は、自責の念に押しつぶされその絶望から逃れようと自らの記憶を封じ込めてしまったのだ。
「警部さん、小鳥さんの携帯をお借りしても良いですか?」
「あ、ああ。しかし何に使うんだね?」
化粧室に落ちていた小鳥のバックは、一応鑑識に回されていたが、犯人につながるものは何もなく現在は目暮が預かっていた。差し出された携帯を見つめ、安室は瞳を閉じる。

「彼女の両親に連絡を。僕も――…初めてなんですけどね」
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