深淵の鼓動
桜庭鶫――どう見ても自分の彼女と瓜二つな母親は、病院の中庭でベンチに座りお茶を飲んでいる。対して、再婚相手であり、小鳥の義理の父親である桜庭浩は難しそうな顔をして腕を組んで立っていた。
「…今回、小鳥さんが記憶を失ってしまったのは僕の失態です。守り切れず…申し訳ない」
安室は二人に向かって深々と頭を下げる。しかし鶫は笑って安室の頬に手を伸ばした。
「顔をあげて、安室君。今回の事、私たちは貴方の責任だとは思ってないわ。小鳥ちゃんは、女性の刑事さんが撃たれたところを見てしまったのよね?だったらその時に、あの日のトラウマが蘇ってしまったのだと、私は思うの」
「あの日?」
「ええ、アメリカの教会で起こった銃乱射事件に私たち親子は巻き込まれたの。その時にね…シスターが、あの子を庇って撃たれたのよ。姉のように慕っていた人だったから、小鳥ちゃん、自分の所為でシスターが撃たれたと思い込んでしまって…」
彼女の話は、以前小鳥が語った話と所々違っていた――と言うより、小鳥の話の穴を埋めていくような、そんな話で、彼女の記憶に元々欠陥があったという事を容易に想像させる。
「僕はその時、まだ新米の救命医でね――駆け付けたときには既にシスターは亡くなっていた。あの子が目を覚ました時に、事件の事は覚えていてもシスターに関する記憶は一切無くて、真実を教えることもできなかったよ。そう言えば、その撃たれた刑事さんは無事なのかい?」
「手術は終わったようですが…助かるかどうかは五分五分だそうです。僕はこれから探偵として事件の調査に向かいますが、一つだけ…。恐らく、小鳥さんは犯人の顔を見ています」
安室は、現場の状況――明かりのついた懐中電灯に小鳥の指紋しか残っていなかった点をあげ、先程の気配も含めて詳しく話をした。もし犯人の顔を見ているとなれば、いつ記憶が戻るかも知れない彼女の命を犯人が狙う可能性は十分にある。
「うーん…検査の結果、脳には異常なくて明日には退院できるのよね?私は安室さんに連れて行って貰うべきだと思うけど、浩くんはどう思う?」
「僕も、同意かな。小鳥ちゃんにとっても、僕らとホテルに滞在するより慣れ親しんだ家に戻る方がストレスにならないと思うしね。頼めるかな、安室くん?」
安室は、拳を握りしめ、二人の瞳を交互に見つめた。
「今度こそ必ず、守り切ってみせます」
コナンから連絡を受けた目暮が、高木と千葉を連れて病院を訪れると、ロビーで八重が出迎えた。
「警部さん!」
「八重さん、待たせて申し訳ない。今、小鳥さんは?」
「安室さんとコナンくんが…」
「よし、行くぞ!」
目暮たちがエレベーターへ向かい、八重も後に続こうとすると、
「あの、四条さん」
と看護師が声を掛けた。
「風戸先生が、桜庭さんの事でお話があるそうです。彼女のご両親や近しい方が居れば伝えて頂けませんか?」
安室は、小鳥の両親と八重と共に風戸の部屋を訪れた。デスクの前に置かれていたディスプレイには脳のMRI画像が表示されている。風戸は一枚ずつ丁寧に説明していった。
「やはり、小鳥さんの記憶喪失は自分を精神的ダメージから救うものですね…無理して思い出させようとすると脳に異常をきたす恐れもありますので、リラックスした状態でゆっくりするのが良いでしょう」
鶫が「困ったわ…」と頬に手を当てていると、風戸のデスクに置かれた電話が鳴った。失礼、と風戸が立ち上がる。
「はい、風戸です。…はい、わかりました、電話してみます」
電話を切った風戸は、左手で子機のボタンを押した。別の所に電話を掛けている風戸を見ながら、安室は腕を組んだ。
(もし小鳥が犯人の顔を見ているとしたら、一刻も早く記憶を取り戻して犯人を捕まえないと危険だ――…。だが無理に思い出させるのは禁物…俺がしっかり守らないと)
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