迫る魔の手
翌日、現場に出かけることになった小鳥は、安室とコナンと共に米花駅に来ていた。ホームで電車を待つ三人の傍には警護役の高木が居て、さりげなく周囲を見回している。
「鶫さんたちは今日は来ないの?」
「うん、覚えてなかったんだけど…私、お母さんたちに干渉することがあんまりなかったみたいで。『私たちと居るより、恋人や友達といた方が思い出しやすいでしょ』って言ってた。今はありがたくそれに縋ってみようかなって…」
コナンとそう話していると、反対側のホームに電車が到着し、開いたドアから大勢の乗客が降りてきた。若い女性が後ろの男性の荷物に押されて、高木の前に倒れこんでくる。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟に女性の体を受け止めた瞬間、高木の脳裏に佐藤が撃たれた時の光景が浮かんだ。ジャケットを真っ赤に染めた佐藤を抱き起した時の感触がよみがえる。
「どうもすみません」
女性は、呆然と立ち尽くす高木を怪訝そうに見ながら去っていった。
「くそ……っ!」
高木は俯いて、佐藤の感触が残る手をぎゅっと握る。その時、安室たちが待つホームに電車が近づいてきた。
「あ、来ましたね」
安室に言われて、小鳥が電車を見ようと少し前のめりになったとき――誰かが小鳥の背中を押した。
「え…?」
押し出された小鳥はホームを飛び出し、線路に転落する。電車がブレーキ音を鳴らしながら迫り、安室は小さく舌打ちをして線路に飛び降りた。小鳥を抱き起し、ホーム下にある退避スペースに倒れるように飛び込む。二人の無事を確認したコナンは急いで辺りを見回すが、不審な人物の影はどこにもなかった――。
「小鳥ちゃんを守ってくれて、有難うな」
頬と右腕に絆創膏を貼った安室の隣に、浩は腰かける。幸い小鳥にけがはなく、今は鎮静剤を打ってベッドで眠っていた。
「いえ、それが僕の役目ですから…。でもこれで、小鳥さんが犯人の顔を見ていることがハッキリしました。今以上に気を引き締めなければ…」
「…安室くんはかっこいいなぁ。僕とは全然違う…」
「浩さん、外科医なんでしょう?人の命を救うなんて、僕はとてもかっこいいと思いますけど…」
安室の言葉に、浩は俯いた。暫くの沈黙が流れ、やがてゆっくりと口を開く。
「かっこよくなんてない…娘一人にも心を開いて貰えない、駄目な父親さ。まあ、血がつながってないから仕方ないのかも知れないけど…」
「それは違いますよ」
安室は浩の言葉を真っ向から否定する。頂上へ向かう太陽を室内から見上げ、口元に笑みを浮かべた。
「小鳥さん、貴方に渡す父の日のプレゼント、凄く楽しそうに選んでました。そのネクタイ、彼女からの贈り物でしょう?心を開けないのは、血がつながってないからじゃなくて、どう接したら良いかわからないから。貴方が彼女を『小鳥ちゃん』と呼んで距離を置いているのを感じ取っているからだと思いますよ。きっと貴方と打ち解けたいと思っている筈です。だから、彼女の記憶が戻ったら呼んであげてください…『小鳥』って」
「君は…凄いな…」
驚いたように浩は目を丸くする。彼はゆっくり立ち上がり、安室へ深々と頭を下げた。
「娘の事を、よろしく頼む」
「はい、勿論です」
病室に戻ると、目を覚ました小鳥が何やらコナンと話をしていて、安室は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだい、二人とも」
「あ、安室さん!さっきは助けて頂いて有難うございました…。あの、怪我大丈夫ですか?折角綺麗な顔してるのに…」
「小鳥のねーちゃんはもっと自分の心配してよ…殺されそうになったんだよ?安室さんは殺しても死なない人だから大丈夫」
「コナンくん酷くない?前から思ってたけど僕の事嫌い?」
姉のように慕っていた幼馴染を奪ってしまったのだ、当然と言えば当然かも知れないが、それにしても強い風当たりに、安室は困ったように眉を下げた。
「ところで、何を話してたのかな?僕に隠れて悪戯の作戦なら見逃すわけにはいかないが」
「ち、違うよ。あのね、安室さん。小鳥のねーちゃんがやっぱり現場に行きたいんだって。あんな事があったばかりだし、危ないと思うんだけど…連れてっても良いかな?」
突然の申し出に、安室は腕を組んで考える。確かに、犯人の魔の手が迫る中むやみに外出させるのは危険であるが、自分たちだけが現場に赴き彼女を病院に残していくのも不安はある。高木刑事だけでなく、公安の刑事たちも何人か忍ばせてはいるが、傍を離れたくないのも事実だった。
「仕方ない、置いてくのも不安だし…行きますか。ただ、交通機関での移動は危険だ。一度戻って車を取って来るから待っててくれ」
「ああ…車、あっちに置いてあったんだ」
「?」
笑って踵を返す安室の背中に、コナンがボソリと呟く。小鳥はそんな二人の様子を見て、不思議そうに首を傾げた。
*前次#
top