記憶の鍵


「すみません安室さん、お邪魔しちゃって」
手土産を持った八重は、マンションの玄関で申し訳なさそうな顔をする。コナンは環が送り届けるとの申し出があったので、安室は小鳥を連れて既に自宅に戻っていた。その途中、彼女を心配する八重から電話があり、安室が家に呼んだのだ。
「いえ、八重さんは小鳥さんの親友ですから。貴女が傍にいた方が思い出すことも多そうですしね。僕は夕食の用意をするので、二人はソファでテレビでも見ててください」
言うが早いか、靴を脱いだ安室はそそくさとキッチンに入っていく。小鳥は言われた通りソファに腰かけ、テレビのリモコンを取った。しかし、ふ、と手を止めキッチンに立つ安室へと視線を向ける。
「ねえ、安室さん」
「はい?」
「コナンくんって、どういう子なんですか?」
突拍子もない質問に安室は首を傾げる。
「子供のわりには機転が利いたり、感が良かったり…安室さんや毛利さんの助手って言って事件の捜査もしてるから、なんか気になっちゃって…」
安室は思わず口ごもる。彼女の記憶が無い今、江戸川コナンが幼馴染の工藤新一である事実を伝えるわけにはいかない。どうにか誤魔化して答えなければ…
「ま、まあ天賦の才があるんだと思いますけど、基本的には普通の男の子ですよ。ある事件で知り合ったんですけど、貴女にとてもなついていて…かわいい子です」
「そうなんですか…確かにかわいいですよね、コナンくん」
自分で言ったことだが、小鳥が同じようにコナンを可愛いと称した事が非常に気に入らない安室は、心の中でこっそり舌打ちをした。
ふ、と視線をテレビに移すとニュース番組の女性リポーターがお城のような建物の中継をしている。その建物を見て、小鳥ははっと立ち上がった。
「私…あそこ知ってる…」
八重は驚いてテレビを振り返った。テレビに映っているのはトロピカルランドのトロピカル城だ。どうして、と思った八重はすぐにその理由に気付く。
「そうだよ、私と行ったじゃないトロピカルランド!部屋に写真あったでしょう?」
「あの写真…私、転んで…水が…いたっ」
「小鳥さん!無理に思い出そうとしなくていいです…八重さんすみません、風戸先生に連絡してもらえますか?そこに電話があるので」
「は、はい!」
頭を押さえた小鳥を安室は抱き留める。八重は言われた通り受話器を取り、右手で電話のボタンを押した。

「やっぱり、小鳥の記憶はかなり戻りかけてるって先生が…」
「そうですか…。トロピカルランドに行けば記憶回復の手助けになるかもしれませんが…心配ですね」
小鳥は悩む安室を見て眉を下げる。
「あの、私行ってみます、トロピカルランド」
「ちょ、ちょっと!また犯人に命を狙われるかもしれないんだよ!?それに…これ以上思い出せば小鳥の心が壊れちゃうかも知れないのに…!」
涙目で肩を揺さぶる八重を、小鳥は「大丈夫だよ」と宥めた。八重の頬を両手で包み込み、コツンと額を合わせる。
「正直言って、事件の事を思い出すのは怖いの。でも私の方から一歩踏み出さなきゃだめだから。それにね…記憶が無くても安室さんや貴女の事を大好きだって分かるから、早く――隣に立ちたいんだ」
「小鳥…!私も大好きだよ〜〜!!!」
「ぐえっ」
八重は思い切り小鳥に抱き着いてソファへ倒れこむ。二人の様子を見て、安室は少し安堵した。
「それなら、明日僕と行きましょうか。八重さんも行きます?」
「モチ!あ、でも小鳥、おじさんとおばさんには連絡しておきなよ?心配するから!風戸先生には私から連絡しておくからさ!」
小鳥を離した八重は堂々とした表情で親指を立てた。安室は小鳥の隣に腰かけると、彼女の手をそっと握る。そしていつもと変わらない暖かい手に唇を落とした。
「あの、安室さん?」
「絶対に守りますから、安心してください」
真剣な安室の眼差しに、小鳥は思わず頬を赤らめる。やがて彼女は、安室の手を握り返し「はい」と笑った。
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