一抹の不安


例のウエディング事件から1週間が経過した頃、小鳥は大学帰りに本屋へと立ち寄った。本日発売の推理小説がどうしても読みたかったからだ。平積みされた新刊を見つけ、そっと手を伸ばすと同じタイミングで伸ばされた誰かの手とぶつかった。
「あ、ごめんなさ…って新一くんじゃない。1人?」
「小鳥か。ああ、俺は寄る所があるって皆には先帰って貰ったよ。お前もこの本買いに来たのか?」
「うん、凄く楽しみにしてたから!明日は大学も無いし帰って徹夜で読むんだ〜」
2人で会計を済ませ、店の外へ出る。空を見上げれば、すっかり茜色に染まっていた。
本は早く読みたいが、それよりも先に今日の夕飯が大事だ。コンビニで買ってしまおうかと考えていると、彼らのすぐ横を消防車が数台通り抜けた。大きなサイレンを鳴らして去っていく消防車を見て、小鳥は眉を下げる。
「どこかで火事かな?物騒だね。」
「…あっちって米花町だよな。ちょっと調べてみるか…。」
コナンはスマホを取り出して災害情報の速報を調べ始める。やがて青ざめた表情で小鳥を見上げた。
「どうしたの?近くだった?」
「…米花町2丁目20番地、シルクアートより出火…火元は101号室…なあ、お前の家、どこだっけ?」
「べ、米花町2丁目20番地、シルクアート302号室…。うそおおおおおおお!!!」
彼女の絶叫が、大通りにこだました。

小鳥とコナンがたどり着いた時には、マンションはどうにもならないくらい燃えていた。幸い、工藤邸とは道を隔てているので燃え移る心配はなさそうだ。
「君!危ないから離れていなさい!」
「れ、レポートが!レポートがまだ中に!!明後日提出なのに…私のレポートぉ!!」
慌てて中に入ろうとするも止められ、小鳥はそのままへたり込む。
「おい、何してんだよ!…このまま火が消えるのを待つしかねーな…。まあ、この状況じゃお前の部屋はもう無理だろうけど。」
火の手は既に4階付近まで上がっている。どうしたって部屋は跡形も無く焼けてしまっているだろう。ここも落下してくる瓦礫や火の粉で危ないかも知れない――小鳥は震える脚でなんとか立ち上がった。

「小鳥ちゃん、コナンくん!大丈夫だった?顔煤だらけじゃない!」
取り敢えず、と小五郎の事務所まで来れば、蘭が慌ててタオルを渡す。こびりついた煤は一度洗わなければ落ちないだろう。服も臭いがついてしまい、この場で裸になりたいくらいだった。
「今日は蘭の部屋にでも泊まってけよ、また家探しはしねーとならねぇけど…。まあ保険はきくだろう?今はあんまり気に病むなよ。」
小五郎の不器用なやさしさが胸に沁み、思わず涙が溢れた。ただ、もし今日本を買わずにそのまま帰宅して居たら、自分は今頃焼死体で発見されていたかもしれないと思うと多少なりとも運は良かったのかも知れない。
「あの、もし小鳥さんがよろしければなんですが…僕の借りてるマンション、部屋の空きがあるので新しい住まいが決まるまでいらっしゃいませんか?」
「…え?でも、それじゃあご迷惑に…。」
たまたま来ていた安室の提案に、小鳥は驚いたように目を開く。安室はどちらかと言うと「自室に誰かを入れたくないタイプ」だと彼女は勝手に思っていた為、とても意外だったのだ。
「いえ、毛利先生のお知り合いが困って居たら弟子として助けないわけにはいきませんから。そうと決まれば早速行きましょう!生活必需品も買い揃えないといけないですしね!」
「うえあ、あの…安室さん!?」
安室に腕を引かれ、煤だらけのまま小さくなっていく小鳥を見送ってコナンは溜息をついた。
「あの人本当に自由だな…。」
*前次#

top