指先の温度


「さてと、此処が僕の家です。あそこの部屋が空いてるので自由に使ってくれて構いませんよ。ただし、僕の寝室には立ち入らないでくださいね?職業柄、依頼人の個人情報も散らばってますので…。」
「は、はい。すみません…暫くの間、お世話になります。」
「取り敢えず、お風呂に入って着替えましょうか。僕のシャツだと少し大きいかも知れないですが、服を新調するまで我慢してくださいね。」
自室のあるマンションはすっかり燃えてしまったとテレビのニュースは告げる。これはもう腹をくくって彼にご厄介になるしかなさそうだ。兎に角、この煤だらけの服も捨ててしまわなければ。そこまで考えて、ふと両親に連絡していない事を思い出し、慌てて携帯を取った。

母親との電話を終え、一息つくといつの間にか安室が目の前に立っている。
「お母さまですか?」
「ひゃあ!?」
「あ、すみません…驚かすつもりは無かったんですけど…。確かお母さまはアメリカにいらっしゃるんですよね。とても心配でしょう…。」
「一応事情は話して…金銭面の援助はしてくれるそうなので助かりました。
不動産屋行って、生活必需品も買って…ああ、やることいっぱいだ。」
小鳥は頭を抱える。なるべく大学から近く、なおかつ家具付きの物件なんてそうそう見つからないのだ。車の免許は所持していないので遠くなればなるほど大学へ行くことも億劫になる。それに提出のレポートもパソコンごと丸焦げだ。壊れた時用にバックアップを取っておいたUSBも残念な事に室内である。
「後で買い物に行きましょう。僕、今日はもう依頼もないので車出せますし…。小鳥さんが布団でも大丈夫でしたら、来客用のものを使ってください。これからの事はゆっくり考えればいいですよ?」
安室は苦笑しながら小鳥の頭を撫でた。思わずきょとん、としていると、彼は慌てて手を離す。その時、彼の指先が僅かに頬に触れ、小鳥は顔を赤らめた。

「すみません、急に触れてしまって…。」
「いえ、頭を撫でられたのは久しぶりだったので…。ふふ、なんか安室さんお母さんみたいですね。」
「お、おかあさんですか…?あ、お風呂沸きましたよ。ゆっくり入ってきてください。」
安室に促され、脱衣所に行くと既にタオルと着替えは用意されていた。どうせ捨てるものだから、と服を適当に脱ぎ彼女は浴室へと向かう。その背中には、大きな火傷の痕が残されていた――…。

「ああ、ベルモットですか。僕です。貴女の指示通り例の彼女を保護しました。それより…本当にあの子がそうなんですか?」
『あら、やるじゃないバァボン…。ええ、彼女がそう。組織のデータを盗んで、それを隠したまま死んだ鼠の娘。その隠し場所と鍵を持ってるのはおそらく彼女だとラムはふんでいるわ。』
「…もしかして、先ほど彼女の家に火をつけたのは貴女ですか?怖い人だ…。とにかく彼女を見張って隠し場所と鍵のありかを突き止めればいいんですね?そのあとはどうしますか?」
『その後?…ああ、始末して良いわ。じゃあ、頑張りなさい。バァボン。』
わざとらしくリップ音を残して電話が切れる。既に無音になったそれを、彼はため息を吐きながら見つめた。
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