対峙
コナン、安室、小鳥は人気のない歩道を走り島の中心に聳え立つ人工の岩山に向かった。本物そっくりに作られた巨大な岩山には螺旋状に上る階段道があり、三人は階段を駆け上った。あと少しで頂上と言うところで小鳥は立ち止まり、岩壁に凭れて苦しそうに息をついた。
「もう少しだから頑張って!」
「う、うん…!」
コナンの声に、小鳥が歩き出そうとしたとき――銃弾が突き刺さる乾いた音がして、小鳥の頭の傍の岩壁の破片が飛び散った。暗くてよく見えないが、追い付いてきた犯人が銃を撃ったのだ。
「もう追い付いてきたのか…!とにかく上り切って岩陰に隠れてください…!」
頂上に上がり、階段の両脇にある岩陰にそれぞれ身を潜める。三人を追いかけて階段を駆け上った犯人は、曲がり角の手前で足を止め、岩陰から頂上を覗いた。すると、満月が浮かぶ夜空の下で、頂上の岩を上った安室とコナンが姿を現した。
「安室さん、コナンくん!」
別の岩陰に隠れていた小鳥が驚いて声を上げる。岩の上に立ったコナンは、右手をポケットに突っ込み、悠然と犯人が隠れている岩を見下ろした。
「ここ、夜はクローズで誰もいないんだ。姿を見せても大丈夫だよ」
コナンが声を掛けても犯人は岩陰から出てこようとはしない。
「随分用心深いんですねぇ…。でももう隠れても無駄ですよ。小鳥さんのおかげで、奈良沢刑事のメッセージの本当の意味が解りましたから」
コナンの脳裏に、公衆電話ボックスの前で撃たれた奈良沢刑事の姿が浮かんだ。雨が降りしきる中、仰向けで倒れた奈良沢刑事は駆け寄ってきたコナンを見て、何かを訴えるように自分の左胸を掴んだのだ。
「彼が死ぬ間際に左胸を掴んだのは警察手帳を示したんじゃない。『心』を指したんだ。心療科の文字の一つ、『心』をね。――そうだろ、風戸京介先生」
コナンの口から思いもよらない名前が出てきて小鳥は息を飲んだ。するとコツコツと階段を上る音がして、小鳥は岩陰から顔をそっと出して階段を覗き込んだ。階段を上ってきたのは、暗視ゴーグルをつけた風戸京介だった。カーゴパンツの裾を編み上げブーツに入れ、ミリタリーベストを着た風戸は、白衣姿の時とはまるで別人のようだ。
「いつ私だとわかった?」
「最初に不審に思ったのは電話の事を思い出した時ですよ。右利きの八重さんは右手でボタンを押していましたが、貴方は左手で押していました。右利きの人間はまず左手でボタンは押さない…つまり貴方の利き腕は左だったというわけですよ」
「なるほど、そいつはうかつだったな」
言い当てられても風戸は顔色を変えることなく、余裕の笑みを浮かべた。コナンは続けて東都大学附属病院の看護師から聞いたことを話し始めた。
「七年前、アンタは東都大学附属病院で若手ナンバーワンの外科医として活躍していた。ところがあるとき、アンタと仁野さんが共同で執刀した手術で、仁野さんは誤ってアンタの左手首をメスで切ってしまった。その事故によって黄金の左手と言われたアンタの腕は落ちてしまい、プライドの高いアンタはメスを捨て外科から心療科へ転向することにした。以来、これもプライドの為か左手を封じ、右利きとして過ごしてきたんだろう?」
風戸は「そのとおりだ」と両手を広げた。
「まさか電話のボタンを押しただけで気づかれるとは思わなかったよ」
「心療科医として米花薬師野病院に移ったアンタに、一年前仁野さんとの間に何かがあった…」
コナンが問いかけるように言うと、風戸は「再会したんだよ、偶然にな」と答えた。
「誘われるままヤツのマンションで飲んだ。酔った私は六年間ずっと心の隅で感じて居た疑問をヤツにぶつけた。あの事故はわざとだったんじゃないかと」
風戸は当日の夜の事を思い浮かべた。
リビングの一角のバーカウンターで酒に酔った仁野は、風戸が尋ねるといきなりハハハ・・・と笑いだした。そして不敵に口の端を持ち上げて言い放ったのだ。
『お人よしなんだよ。お前は』と――。
「やはりあの事故はわざとだった。その時だ、私に殺意が芽生えたのは。ヤツは丁度手術ミスで訴えられていて、自殺の動機は十分だった」
そのままカウンターにひじをついて眠ってしまった仁野を確認して、風戸は仁野の書斎に向かった。手術用手袋をはめ、置いてあった仁野のカバンから手術用のメスを取り出すとリビングに戻り、仁野の背後から羽交い絞めにして頸動脈を切ったのだ。
「案の定、捜査は自殺という事で終結したよ」
風戸の言葉に安室は「でも」と口を開いた。
「貴方はその事件が再捜査されることを知ったはずだ」
「米花署に異動になった奈良沢刑事からね。彼は同僚の友成警部が亡くなったことに精神的ショックを受け、カウンセリングに来たんだ。治療を通じて、友成真が警察を恨んでいる事も知った」
「それで再捜査により警察の手が自分に及ぶ前に三人の刑事を撃ったんですね。友成真さんに罪を着せるために現場に呼び寄せて…」
風戸は「そうだ!」と声を張り上げた。
「奈良沢刑事と芝刑事の時は自分の声で電話を掛けた。佐藤刑事の時は…」
「女性患者を診察したときに録音したテープを編集して、だろ?奈良沢刑事が胸の手帳を掴んで亡くなってた事は白鳥警部から聞いたんだな」
コナンは風戸に質問を投げかけながら、さりげなく左手を背中に回し、人差し指で足元を指した。なんだろう――岩陰に隠れていた小鳥はそのサインに気付き、コナンが載っている岩の下を見た。
「それでアンタは刑事の息子である友成真さんを連想させるため、倒れている芝刑事の手に態々警察手帳を持たせた」
「見事だよ、コナンくん」
次から次へと自分の企みを見抜かれても、風戸はいたって余裕の態度を見せた。
「だが、私が犯人だという証拠はないよ。佐藤刑事が撃たれた時、私からは硝煙反応は出なかったんだからね」
風戸が全く動じていない理由はそれだった。どれだけコナンに言い当てられても証拠がないのだ。
その時、岩陰に隠れていた小鳥が出て来て、コナンの後ろについた。安室も隣に来て、コナンは口元に笑みを浮かべる。
「そのトリック、聞きたいなら説明してあげるよ」
「何!?」
「アンタが警察に捕まった後でな」
突然小鳥と安室が姿を消したかと思うと、コナンも岩の後ろに飛び降りた。風戸が階段を駆け上がると、コナンが乗っていた岩の後ろには大きな穴が開いていた。チューブ式の滑り台になっていたのだ。穴を覗いた風戸は、忌々しそうに舌打ちをした。
*前次#
top