Need not to know
ボートを降りた三人は橋を渡り、隣の『科学と宇宙の島』に入った。ライトアップされた観覧車やジェットコースターを横切り、島の先端にある噴水広場へと向かう。広場へと下る階段を駆け下りながら、コナンは時計を表示させた。
「8時59分14秒――46秒前…!」
その時、腕時計の文字盤を覆うガラスに走ってくる風戸の姿が映った。
「ヤツだ!」
コナンは小鳥の腕を引っ張った。階段を駆け下りる三人の足元に銃弾が突き刺さる。彼らは左の曲がり、水が流れ落ちる壁に身を寄せた。
「ここで終わりにしようじゃないか…それにもう、君たちには逃げ場がない」
銃を持った風戸はそう言うとゆっくり階段を下りてくる。安室はコナンと小鳥を連れて噴水広場の中央へ駆け出した。
「あっ…」
足が絡んで転びそうになった小鳥を安室の腕が支える。
「…今度は転ばせません、絶対に」
広場の中央まで来た安室は、小鳥を庇いながら風戸に向き直る。
「今ここで小鳥さんを殺すと、友成真さんの無実が証明されてしまうんじゃないですか?」
「そうなんだよ」
風戸は暗視ゴーグルを外すと、広場の中心にいるコナン達に近づいてきた。
「友成は逮捕前に消すつもりだったが、仕方ない。――さて、やはりここはレディファーストかな?」
コナン達の前に立った風戸は、銃口を小鳥に向けた。すると突然、コナンはカウントダウンを始めた。
「10…9…8…7…」
「フッ…何かのまじないか?」
「6…5…4…」
安室もコナンに合わせるようにカウントダウンを続ける。その声を聴いた小鳥の脳裏に、朝の光景が映し出される。電化製品が充実した今、やかんで沸かされるお湯が沸騰を告げる前、安室が毎朝繰り広げる光景だ。
安室とコナンが不敵に笑い、ニヤリと笑う。
「ゼロ―――」
ザアァァァ
カウントダウンが終わると同時に、広場を囲む噴水から水が高く噴き出した。
「!?」
驚いた風戸が背後を振り返った途端――風戸とコナン達を隔てるように石垣からも水が吹きあがり、広場の中心にいる三人は水のカーテンに囲まれた。噴き出す水の外に立つ風戸は姿が隠れ、銃を握る手だけが水のカーテンから突き出ている。
「あ…!」
それを見た瞬間、小鳥の脳裏に、佐藤刑事が撃たれた時の事がよみがえった。
『ダメ!桜庭さん!!』
目の前の飛び出した佐藤刑事が撃たれ、身をくねらせるようにして倒れた先に拳銃を持つ手があった。その手はビニール傘から突き出されていて、ビニール傘の向こうにいる人物が懐中電灯の光で一瞬浮かび上がる。
それは凶悪な顔をした風戸だった――。
佐藤刑事を撃った犯人の顔を思い出した途端、小鳥の頭の中で何かがはじけ、失われた記憶の断片が次々と現れ駆け巡った。
「もう、本当にドジなんだから!」
トロピカルランドでびしょびしょになりながら笑う八重
「貴女の事が、大好きですよ」
ソファに凭れて笑う安室
米花サンプラザの宴会場で大笑いするコナン
豪快なくしゃみをする小五郎
「でも、何か忘れちゃったから…」
プロポーズの言葉を聞かれ恥ずかしそうに微笑む英理
頭の中でみんなの声が交差して、安室、コナン、八重、蘭の姿が次々と鮮やかに浮かび上がる。時間にしたらほんの数秒だったが小鳥は記憶を完全に取り戻した。
「噴水が止まればもう終わりだ!諦めるんだな!」
噴水の外から風戸の声が聞こえてくる。小鳥はリュックの中から穴が開いて空っぽになったコーラの缶を取り出した。
「新一くん!これで、何とかできる!?」
「え?あ…ああ、まかせろ!」
コナンは缶を受け取ると頭上高くまで放り投げる。
「子供だましだ!」
風戸はコーラの缶に向かって銃を撃った。さらに低くなった噴水にも撃ち込む。コナンの足元に銃弾が突き刺さった。
「そこか!」
風戸の位置を見破ったコナンは、キック力増強シューズの側面についているダイヤルを素早く回した。
「死ねぇーーーーーーーー!!」
風戸が引き金を引く直前、コナンは落ちてきた缶コーラを思い切り蹴り上げた。
「食らえーーーーーーー!!!」
風戸の顔面に缶コーラが直撃して豪快に後ろへ吹っ飛んだ。倒れて動かない風戸を見て、コナンはフゥ…と息をつく。小鳥は近寄って風戸の手元に転がった拳銃を蹴飛ばした。
「零さん、新一くん…ありが、」
振り返った小鳥がそう言葉を紡ごうとしたとき、起き上がった風戸がサバイバルナイフを手に小鳥へと襲い掛かる。が、それは彼女に触れることなく、甲高い音と共に真っ二つに折られる。青ざめた風戸が正面を見ると、普段と全く違う表情で殺気を放つ安室が目の前に立っていた。
「俺の大事な女に手を出した責任は、しっかり取ってもらうからな」
数台のパトカーが噴水広場の前に停まり、車の中から小五郎や目暮、小田切が出てくる。蘭や八重も慌てて小鳥へと駆け寄った。
「蘭ちゃん!八重ちゃん!」
「小鳥!き、記憶が戻ったの?」
「うん、心配かけてごめんね?」
「よかったぁーーーーー!」
抱き合う三人からやや離れたところでは、高木が倒れた風戸に手錠を掛けていた。
「それにしても、なんでこんなにボコボコなんですか?」
「さぁ…?」
顔を真っ赤に腫らした風戸を見て高木は首を傾げるが、安室はとぼけて顔を逸らす。手錠を掛けられて連行される風戸の傍では白鳥警部がパトカーの無線で本庁と連絡を取っていた。
「本当かそれは!?みんな!!佐藤さんの意識が戻ったぞ!!もう心配は無いそうだ!」
「おお!そうか!」
目暮の周りで警察官たちが「やったー!」と帽子を真上に投げた。肩を抱き合ったり拳を突き上げたり、中には泣いて喜んでいる者も居る。
「これで全て解決ですね」
目暮が小田切を振り返ると、
「馬鹿を言っちゃいかん!」
小田切はパトカーの後部座席に乗っている敏也をみた。
「まだ敏也の恐喝事件が残っている。被害者は既に死亡しているが、事実関係をただしてこってりしぼってくれ!」
「わかりました!」
敬礼する目暮の前を横切った小田切はコナン達に近づいていった。
「先に真実を明らかにしたのは、どうやら君たちのようだったな」
警察よりも早く真実に辿り着き、目撃者である小鳥を真犯人から守り抜いたのは、目の前の小学生と優男風の青年だった。
「君たちは一体…」
「『Need not to know』」
知る必要のない事――刑事たちの間で使われている隠語を口にした二人はニコリと笑った。その屈託ない笑顔に、小田切は小さく微笑み、敬礼をした。そしてクルリと踵を返してパトカーの方へと歩いて行ったーー。
瞳の中の暗殺者編 完
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