ため息


翌日、小鳥はため息を吐きながら帰路を歩いていた。朝から何度も降谷に聞こうと試みたものの、彼も何やら多忙のようでタイミングがつかめなかった。それと同時に彼女の心がストッパーを掛けていて言い出せない。コナンからの助言で「赤井が降谷の元カノである」と言う不安は消えたが、その存在が降谷の中でとても大きいものである事は理解できた。
「桜庭さん」
「!?」
油断していたところを突然話しかけられ、驚いて振り返ると困った顔をした風見が立っていた。今日の警護担当はどうやら彼らしい。
「すみません、驚かせてしまって…。なにやらとてもお困りのようだったので…」
「か、風見さんでしたか…。困っていると言えば困ってるんですが…えーっと…人目につくのでカフェとか入ります?」

運ばれてきたアイスティーにたっぷりとミルクを入れた小鳥は再びため息をついた。「幸せが逃げますよ」と風見が言うが、それならば既に逃げ切っているはずだ。
「…風見さんは、赤井秀一さんの事を知っていますか?」
「…どこで、その名前を?」
「昨日、零さんが寝言で…あ、一緒に寝てたわけじゃ無いですよ!廊下で落ちてたのでお風呂に入ってもらおうと叩き起こしてる時に…赤井、どこにいるって…」
今度は風見がため息をついた。
「私が知っているところまでですが…赤井秀一はFBI捜査官で降谷さんと同じ時期に組織に潜入していた男です。コードネームはライ――…。しかし、組織の一員であるキールに殺されたと聞いています」
「じゃ、じゃあ零さんは死人を探してるって事ですか?」
「降谷さん自身は、彼が死んだとは思ってないようですよ。彼の身柄を拘束して組織に引き渡せばもっと上の所へ行ける。そうすれば組織を潰す手がかりが掴めるはずだと」
降谷のやろうとしている事は間違いなく無謀だ。生きているか死んでいるのか判断もつかない人間を探し出すなど効率が悪すぎる。それに降谷が気づかない筈はない。
「それだけ…零さんにとって因縁のある相手って事ですかね…」
「ええ。これ以上は本人に直接聞いてください、後は頼みましたよ降谷さん」
「えっ!?」
風見の視線は自分ではなくその後ろに向けられている。恐る恐る振り返ると、笑みを顔に張り付けたような降谷が背後に立っていた。
「れ、零さん……」
「風見、ご苦労だったな。悪いが俺は彼女を連れて帰らせてもらう。後の仕事は机の上に置いといてくれ」
「了解しました。桜庭さん、ご武運を」
風見は伝票を片手に去っていく。小鳥はあまりの背筋の寒さに動くことが出来なかった。


家に戻ると、降谷は無言でジャケットを脱ぎ、ソファへと腰かける。小鳥にも座るように促すと一息ついた。
「…怒ってますか」
「何を?」
「風見さんに、降谷さんと赤井さんの関係を聞いたこと…」
「小鳥の事だから、俺に直接聞いたら迷惑が掛かる――とでも思ったんだろう?怒ってないよ」
降谷は姿勢を正して、ふわりと笑った。
「むしろ、俺から話してやれなくて悪かったと思ってる。朝からソワソワしてたから、何か聞きたい事があるんだろうなと思って…俺に言えないなら風見にと頼んだが正解だったな」
降谷は手を伸ばして小鳥の襟元に触れる。そしてそこから小さな盗聴器を取り外した。
「え?い、いつから…。あ!もしかして今朝リボンを直してくれた時に!?」
「正解。因みにコナンくんとの会話も少し聞かせて貰ったけど、赤井を女と勘違いしてヤキモチ妬いてるの可愛かったぞ」
「ぬ、盗み聞きですか!?」
向かいのソファでニヤニヤと笑みを浮かべる降谷に小鳥は頬を膨らませた。
「さて、心配かけて悪かった。全部話すよ、俺の事、赤井の事…それから、スコッチの事も」
降谷は、少し瞳を曇らせてそう言った―――。

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