旅の始まり
「良いですか、小鳥さん。僕の仲間がこの男に変装して車内に出る手筈になってますので、くれぐれも関わらないように。彼女も貴女の顔は知っていますが手を出してくることは無いでしょう」
「彼女ってこの人女性なんですか?」
安室から写真を受け取った小鳥は驚いたように目を丸くする。写真の中の男は、前に安室が見せた「赤井秀一」と言う男に似ていた。と、言うよりかその男に変装した写真なのだろう。
「コードネーム、ベルモット。組織随一の変装の名人です」
「ベルモット…白ワインに香草やスパイスを配合して作ったフレーバーワインですよね。組織のコードネームにも法則があるのか…」
「基本的に、女性はワイン、男性は蒸留酒のイメージですね。僕はバーボン」
「あ、私好きですよバーボン。…じゃ、じゃなくて。なるべくこの人に合わないようにすれば良いんですね?でも、なんで変装を?」
小鳥が首を傾げると、安室はもう一枚写真を取り出す。そこに映っている人物には見覚えがあった。直接親しくしているわけでは無いが、確か蘭たちの同級生である世良真純だ。
「赤井秀一は、彼女の兄だ。もし赤井が生きているとしたら親族や同僚の周りを探れば何か分かるかと思いましてね」
「まあ、確かにいるはずのない人間が居ればおかしいなって態度に出ますからね。でも、安室さん…気を付けてくださいよ?もし組織に貴方の正体がばれたら殺されちゃうんですから」
小鳥は不安そうに眉を下げる。安室は、そんな彼女の頬を優しくなでた。
「大丈夫ですよ。必ず生きて帰りますし、貴女の事も守り抜いてみせます」
乗り込んだ車内で小鳥はミステリートレインのパンフレットを広げる。安室はベルモットとの打ち合わせと小五郎に会いに行くため外出していた。
「ふーん、車内で謎解きが出来るのかぁ…面白そう。私も参加したいなぁ」
そう独り言を呟いていると、携帯が着信を告げる。事前に安室によって客室に盗聴器などが無い事は調べ済みだった為、躊躇いなく通話ボタンを押した。
「はーい、小鳥です!新一くん?」
『ああ、俺だけど。お前に一つ言い忘れてた事があってさ』
「うん、何?」
『母さん、この電車に乗ってるから』
新一の言葉に暫く沈黙が流れる。母親、つまり工藤有希子が電車に乗っている――。彼女は引退したとはいえ元有名女優だ。乗車がばれたら騒ぎになるのでは?と内心不安に思う。
『ベルモット対策だよ。いざとなりゃ母さんの変装術で灰原を逃がすことだって可能だしな』
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
『なんだ?』
小鳥は携帯を左手に持ち替えた。
「そのベルモットって人、どうして執拗に哀ちゃんを狙うの?前も狙われたんだよね」
『それは、灰原が組織の裏切り者だからじゃないか?』
「…それにしては、ちょっと異常な気がする。APTX4869を開発したのは哀ちゃんなんだよね?それに関係してるのかも…」
正確に言えば灰原は両親の研究を継いだだけだが、その研究こそが外部に漏らしてはいけないものだったのでは――と小鳥は推理する。自分もまた組織の情報を握っている身からすれば(全く覚えていないが)組織の灰原に対する執着は異常ほど異常に見えた。
『…なんにせよ、とにかく今回は組織の目を欺き、シェリーを死んだと思わせるのが作戦だ。お前もヘマすんじゃねーぞ』
新一はそう言って電話を切る。声のしなくなった携帯を見つめて、小鳥はため息をついた。
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