step up

初めてのコンクールの思い出。

お転婆で男の子と混じって遊ぶ方が楽しかった私にはコンクールでめかし込む必要性が全く理解できず、ぎりぎりまで駄々をこねていた。
鏡には、髪は結われ、淡い水色のひらひらとしたワンピースを着せられて、リップで軽く唇を色づけられた自分の姿があった。まるで自分じゃないみたいで、なんだか恥ずかしくなって、人前に出る勇気がなくなって、玄関でわんわん泣きわめき母を困らせた。

「おばさん?どうかしたの?」

ガチャリとドアが鳴き開いたかと思えば幼馴染2人がこちらに向かって顔を覗かせた。近所に響き割ったっていた私の泣き声を聞き駆け付けたようだった。
あまりにも突然すぎたため隠れる事なんて出来ず、ぴたりと体が硬直した。驚きと恥ずかしさのあまり思考が停止している最中、2人がまん丸く目を見開いて私を見ている事だけははっきりとわかった。

どうしよう。誰にも見られたくなかったのに。こっちを見ないで!変って笑わないで!

「沙也、すっげーかわいいじゃん!」

思いがけない言葉に今度は私が大きく目を見開いた。
みっちゃんが褒めてくれた。バカになんてする様子なんて微塵もない。こんな私をかわいいと言ってくれている。

「な!一織もそう思うだろ!」

みっちゃんの声掛けに私と一織の視線はぶつかったけれど、すぐにそっけなくそらされた。
一織は口元を手で隠しながら「……かわいいです」と小さな声で言った。私の耳にはその声がしっかりと届いていた。

大好きな幼馴染たちは私を笑わなかったどころか、かわいいと褒めてくれた。
不安な気持ちは一気に吹き飛んで、嬉しさで胸が満たされていく。

「ありがとう、みっちゃん!いおり!」

これが初めてのコンクールの思い出。
演奏よりも2人が私を褒めてくれたという事が色濃く記憶に残っている。
お世辞だとしても大好きな2人が褒めてくれたという事が、心の底から嬉しかったのだ。










会場のロビーには開演までの時間をつぶしているのだと思われる人がちらほらと集まっていた。人の間を縫って進みながら見知った顔を探す。ラビチャではソファに腰掛けていると言っていたし、そう遠くない場所にいるはずだ。立ち並ぶ3人掛けのソファを順に追ってみると、見慣れた栗色の髪が目に入った。向かい合うように回り込むと、彼女は花が咲いたかのように表情を明るくした。

「文香!来てくれてありがとう!今日の恰好、大人っぽいね!かわいい!」
「それを言うなら沙也でしょ!いつもと全然違うよ!かわいいし、綺麗!」
「文香あ〜!大好き!」

親友がべた褒めしてくれるのでさっきよりも強く抱き着いて喜びを表現した。文香はよしよし、と頭を軽く撫でて私を受け入れてくれている。
ずっとこうしていたかったが周りの目もあるのでゆっくりと離れて彼女と向かい合った。

「緊張してる?」
「ちょっとね。でも文香の顔を見たら吹き飛んだ!」
「本当?よかったあ。沙也が全力で演奏できるよう、精一杯応援して……」
「OH……ガールたちの友情、とっても素晴らしい、美しいです!」

突然の声に私たちはぴたりと止まった。文香は思考が追いついていないようで目の前で固まっている。恐る恐る声の方を振り向くと、そこには金髪の美形が私たちのすぐ近くに立っていた。私はこの顔を知っている。

「嘘……ナ……ナギさん……?」
「イエス!嘘じゃありません。現実ですよ。ワタシ、アナタの隣に立っています」
「ち、近……」
「ちょっ、文香!しっかりして!!」

倒れそうになった文香の肩を間一髪と言ったところで掴み、近くのソファに流れるように誘導して座らせることに成功した。どうにかこの間のような事は食い止める事が出来て、思わず深い安堵のため息が零れた。

「ナギぃー!!おまえまた勝手に動きやがって!」

声を荒げながら近づいてきたのはみっちゃんだった。その後ろにはIDOLiSH7のメンバーが揃ってこちらに向かってくるのが見える。以前電話で話していた通り、本当に全員で来るとは思っていなかったので面を食らってしまった。
デビュー前とは言え、全員が揃うと只ならぬオーラがある。華やかな雰囲気に周りの人たちも視線を奪われているように見えた。

「みっちゃん!本当に来てくれたんだね!」
「沙也……?」
「この間はごめんね、迷惑かけて。熱のせいでよく覚えてないんだけど、みっちゃんが学校から家まで送ってくれたって聞いて……みっちゃんの作ってくれたおかゆ、すっごくおいしかった!」
「お、おお……」

歯切れの悪そうな返事と共に、みっちゃんは私から目線を外した。
いつもとは違う様子に胸がざわつく。もしかしてみっちゃんは怒っているのだろうか。知らず知らずのうちにとんでもない事をしてしまったのだろうか。

「へえ。ミツ、本当に看病してたんだな。疑ってごめんな」
「うるせえ!そうだっつってんだろ、オッサン!」

ヘラヘラと笑いながら現れたのはリーダーの二階堂さんだった。ライブの時と同じような掛け合いが目の前で行われ、いつもの調子のみっちゃんがそこにはいた。
ざわつきが加速する。
やっぱり私だから?私、何かしたの?

「沙也ちゃん、だっけ?ほぼ初めまして、だよな?」

みっちゃんに話しかけようとしたけれどタイミングよく名前を呼ばれてしまい、半ば強制的に遮られてしまった。
二階堂さんは薄っすらと微笑みを浮かべて、こちらに手を差し出していた。

「二階堂大和です。沙也ちゃんの事はミツとイチからよく聞いてるよ。今日の演奏、頑張って」

先ほどの態度から打って変わった丁寧なあいさつに驚きつつ、その手を握った。二階堂さんの手は大きくて硬かった。みっちゃんより大人びた手だと思った。

「ドレス着てると全然雰囲気違うね。最初見た時、誰かわからなかったよ」
「私の事、覚えてるんですか?」
「もちろん。ビラ配りの時に来てくれてただろ。その後のライブにも……」
「おいオッサン。いつまで手、握ってんだよ」

二階堂さんの手に向けて割って入るようにみっちゃんが手を降ろした。二階堂さんが間一髪ということろで手を離し「危ね〜」と軽い口調で言った。みっちゃんは私を隠すように二階堂さんの前に立った。みっちゃんの背中が私の目の間に広がっている。その背中は前より少しだけ広く見えた。

「悪い悪い。そんな怒んなって」
「怒ってねえよ!」

みっちゃんはくるりと方向を変えて私に向き直る。
眉毛はつりあがっていて、眉間に細かく深い皺が寄っている。みっちゃんは怒っていた。

「おまえも隙があり過ぎ!簡単に男に触るな!触らせるな!」
「ご、ごめんなさい……」
「それにおまえ、なんでもうドレス着てんだよ!体冷やすだろ!」
「これはヘアメイクを友達にしてもらったから、着替えで崩れないようにと思って先に……」

普段は会場について控室で着替えるのだが、今日は美樹と芽衣にヘアメイクをしてもらっていたので、先にドレスに着替えていた。
先日放送されたNEXT Re:valeでTRIGGERがゲストで出演し、事前に説明されていた通り私達の”TRIGGER チャレンジ”の動画が流れ、なんとメンバー全員からコメントをもらえた。美樹と芽衣は何かお礼をしたいと言ってくれたので「ヘアメイクをしてほしい」と頼んだのだ。
”沙也くん”に仕立て上げてくれたように、美樹と芽衣は手際よくヘアメイクを施してくれた。2人は本当に上手で、濃すぎず薄すぎず、絶妙な塩梅の舞台映えするヘアメイクをしてくれた。

今日はコンクール当日。私の決戦の日。
最後のコンクールにするという強い意志を込めて、華やかに自分を彩ってもらったのだ。

「今回の曲ね、すっごく苦戦したんだ。でも、IDOLiSH7のライブ見たら……こう、スッとイメージが下りてきて、余計な力が全部抜けたの!」
「オレたちのライブで……?」
「うん!」

ぐるりと一周、IDOLiSH7のメンバーを見渡す。彼らの顔を見ると煌びやかで、華やかで、暖かな空間が脳裏にフラッシュバックして、自然と笑顔になった。

「ありがとう、IDOLiSH7!」

ドレスの裾を翻して私は舞台裏へと進んでいく。
コンクールも始まり順番が迫っていても不思議と緊張はしなかった。
沸き上がる高揚感が勝っていた。自分の心臓の音だけが低く早く、力強く響いている。





スポットライトのかかる舞台に上がり深いお辞儀をした。
真っ先に目に入ったのはIDOLiSH7のメンバー。文香、先生、両親、コンクールで知り合った知人たち。
私を見てくれている人がいる。そう思うと自然と肩の力が抜けていった。
イスの高さを合わせ、鍵盤を拭いて整え、深く深呼吸をして照り付けるスポットライトを見上げた。

あの日のスポットライトと違って煌びやかな色ではないけれど、きっと私の音色を照らして、光に変えて反射して、多くの人のもとへと真っ直ぐに届けてくれる。
そんな気がしてならないのは、なんでだろう。



鍵盤に指を落とすと弦が震え、会場に音色が満ちる。
ラヴェルの”水の戯れ”。
噴水から湧き出るような、美しい水の動きを表現している曲だ。
ホースから水を流してみたり、噴水の設置されている公園をいくつか回ったりもしたけれど、たゆたう美しさがどれもピンとこず、演奏に落としこめずにいた。


雨の中で踊るIDOLiSH7は綺麗だった。
水しぶきが舞う軌跡を、小さな虹色に光るそれがはっきりと見えた。
あの日、雨が降っていてよかった。
本当の曲の解釈とは違うけれど、心の底から綺麗だと思える光景に出会えたのだから。

IDOLiSH7ってすごいよね。
雨でさえ彼らを魅了する要素となってしまうんだ。夢中になって見入って、聞き入って、一瞬一瞬がまるで宝物のようで。


みっちゃん。一織。
IDOLiSH7のみんな。
私にあなたたちの世界を魅せてくれて。
本当の美しさを教えてくれて、ありがとう。










「沙也!おめでとう!!」

コンクールが終わり、会場の外に出るとIDOLiSH7のみんなが総出で待ち構えていた。
みっちゃんは私を見るなり駆け付けてくれて、満面の笑みで私の頭をたくさん撫でてくれた。

「やったなあ!よく頑張ったなあ!本当にすごい、すごいよおまえ……」
「みっちゃん、まだ泣いてる……」
「そりゃ泣くだろフツー!ずっと見てたんだぞ。こんな嬉しい事あるかよ……」

私は念願かなって優勝することが出来た。
人生で初めてコンクールで1位をとった。トロフィーは今までで一番豪華で大きく、しっかりとした重みに思わず涙したけれど、みっちゃんの泣き顔が客席から見えてなんだかおかしくなってしまって、すぐに引っ込んでしまった。

「みっちゃん、ずっと泣いてたら干からびちゃうよ」
「兄さん、このハンカチを使ってください」
「一織ありがとう……なんでいつも泣くおまえが泣かないんだよ……フツウ逆だろ……嬉しくないのかよ……」
「そりゃ嬉しいよ!でも……」
「やっとスタートラインに立てるから、でしょう」

私の言葉を遮って一織が言った。こちらに確認を仰ぐような、穏やかな口調だった。一織は笑ってた。その笑顔は私の好きな笑顔だった。

「うん!まだみっちゃんとも一織とも、一緒には立てないからね!」
「ストイックだな……、でも、今日くらいは自分を褒めてやんな」

みっちゃんはまた私の頭を撫でた。さっきよりも優しく、ゆっくりと、穏やかに。

「沙也、おめでとう」
「おめでとうございます、沙也」
「うん!ありがとう!みっちゃん、一織!」
「よし!今度お祝いにケーキ焼いてやる!おまえが好きなもの、全部のせてやるからな!」
「やったあ!ありがとう!!」

みっちゃんの手がゆっくりと離れる。心地よい感覚が離れていくのは名残惜しかったが、彼らはこの後レッスンがあるらしく、いつまでもこうして引き留めているわけにはいかなかった。
手を振って彼らを見送りながら、私はそっと誰にも聞こえない声で、ぽつりと声を落とした。


「みっちゃんは私に簡単に触れるけど、それはいいの……?」


彼の残り香が鼻を掠める。
なんだか胸がチクりと、少しだけ痛んだ。