夢見る夢見る夢を見る

「もしかしてこのピアノって沙也ちゃん?」

ミュージックフェスタの放送日。御門歌劇団は全体オフだったので京歌さんがわざわざうちに出向いてレッスンに付き合ってくれていた。(本当にいい人すぎて頭が上がらない。また、母は京歌さんのファンだったらしく、衝撃のあまり手に持っていたお気に入りのマグカップを落としてダメにしていた)

昼休憩で一緒にカレーライスを食べ、BGM代わりに何か流そうと録画一覧を表示したら”NEXT Re:vale”という文字に京歌さんが反応したので、一緒に観る事にした。その回はTRIGGERゲスト回――……例のトリチャレを扱っている回だ。何も説明などしていなかったのに、京歌さんは呆気なく”沙也くん”を見抜いた。

「どうしてわかったんですか?やっぱり自己中な演奏だから……!?」

「ははは」と笑って否定も肯定もしない辺りが京歌さんらしいと思った。そんな私の心情を見破ったかのように、「沙也ちゃんの演奏はね、」と続ける。

「強い意志を感じるんだ。そこが魅力でもあり、悪いところでもある。でも、沙也ちゃんの一番の武器と言ってもいいと思うよ」
「強い意志、ですか?」
「うん。とっても強いから、それを”怖い”と感じちゃう人も多いだろうね。だから批判的にヤジをぶつけてくる人もいるんだよ。うちの子たちみたいにね」
「どんな意思ですか……?」
「それ、私に聞くの?」

京歌さんは笑った。その笑顔はいつもよりあどけない、少し子供じみた笑顔に見えた。

「沙也ちゃんがいつも思ってる事だよ。大丈夫。ちゃんと伝わってるよ」
「……よくわかりません」
「ははは。無自覚かあ」

京歌さんはテレビ画面に視線を移す。その眼差しはどことなく寂しげで、儚げで、何かを思い返しているような、そんな表情に見える。

「大丈夫。いつかきっと、わかってくれる人が現れるから」

NEXT Re:valeはエンディングを迎えようとしていた。テレビ画面越しにRe;valeとTRIGGERがこちらに向かって手を振っている。「来週もみんなでハッピーな時間を過ごそうね!」という声に、京歌さんが微笑んだ気がした。





京歌さんのスパルタレッスンを終え、私たちはリビングで羽を伸ばしていた。
最初こそ京歌さんは申し訳なさそうに、肩身が狭そうに過ごしていたけれど、父も母も京歌さんに魅了されてしまったので、まるで新しい家族が増えた!と言わんばかりの距離感で接していたためか、大分リラックスした雰囲気で過ごしてくれるようになった。

一緒に過ごす時間が増えたし、結構見慣れたかなと思っていたけれど、何度見ても京歌さんは全体的に整い過ぎていて、惚れ惚れとするほど美しかったので、感嘆のため息が零れた。
京歌さんはお酒にも詳しくて晩酌にオリジナルカクテルを披露してくれるし、博識で話は面白いわで両親は「うちにずっといてほしい……」と子供みたいなことを言いだしていた。

「沙也ちゃんの家族はあったかいね。大事にされてきたんだろうなってすぐわかったよ」
「その割に結構放任ですけどね。私、小さい頃お転婆だったから手に負えなかったみたいです」
「今もその名残はあると思うよ」
「え!?どこに!?」
「悔しいと暴れまわって叫んだりするところとか……感情表現が豊かだなって思うところ、かな?」
「…………」

恥ずかしくてそっぽを向いたらふと飾ってあった写真が目に入った。
みっちゃんと、一織と、私がピースをして映っている。
初めてのコンクールが終わった後撮った写真だ。

「幼馴染が、完璧だったんです」

ぽつりと。また独り言みたいに私は漏らした。

「なんでも私よりうまく出来るし、周りの大人たちに褒められるしで、私は悔しくってよく泣いてました。みっちゃんのために始めたピアノだったけど、今思えば一織みたいな完璧になれるための武器が欲しかったのかも」
「そんなにすごいんだね、一織くんって子は」
「はい!でも何でも出来ちゃうから、弱音を吐くのが苦手なの。辛いとか苦しいって言えなくて、陰で泣いてる時に私が寄り添ってあげたりして」

そういえばそんな事もあったな。
いつもは私が泣いてばかりだったけど、一織が落ち込んでる時は側にいて励ましたりして。

「本当に仲が良いんだね。そんな幼馴染がいるなんて、羨ましいな」
「えへへ。2人は私の自慢なんです!だから、2人がアイドルになって誇らしくって!」

テレビがIDOLiSH7の登場を告げた。
私と京歌さんはテレビ画面を見つめた。画面に映る皆は緊張が入り混じってて、少しだけ表情が硬く見えた。

「……でも、ちょっと寂しい」

もし私があそこにいたら、緊張で固まった表情をほぐしてあげるのに。
いつもみたいにみっちゃんが元気になれるように、一織が余裕綽々とバッチリ決めてるように。
大丈夫だよって、背中を押してあげるのは私の役目なのに。





曲が始まり、私は凍り付いた。
完璧でミスをしないあの一織が、自分のパートを歌い忘れてしまった。
焦る気持ちが伝搬して、IDOLiSH7は普段の実力が出せないまま出番が終わった。
衝撃的な出来事に思考が止まってしまう。

「沙也ちゃん!」

京歌さんの声にやっと我に返った。怒ってるような、心配そうな表情で京歌さんは私の背中を軽く叩き、スマートフォンを手渡してくれた。

「電話だよ。早く出て」
「は、はい……」

相手はマネージャーの小鳥遊さんだった。深呼吸をして画面をスワイプし、通話を繋げた。

「もしもし、小鳥遊です。沙也さん、そちら一織さんは来ていませんか?」
「一織……?」
「会場から姿を消してしまって……電話をしても出ないんです。見つけたらすぐにご連絡いただけないでしょうか?すみませんがよろしくお願いいたします!」

小鳥遊さんとの通話が切れ、無機質な機械音が鳴り響く。
テレビからは何事もなかったかのように、明るいアーティストたちの歌声が響いている。その歌声が楽しい歌なのか、悲しい歌なのかは全く分からない。



「ちょ、沙也ちゃん!?」

無我夢中で家を飛び出した。たくさん息を吸い込んで肺がキリキリと痛んだ。でも足を精一杯動かした。止まってはいられなかった。

待ってて、一織。一人で抱え込んだりしないで。
私が背中を押してあげる。絶対一人になんかにしないから。



「一織!」

ゼロアリーナに着き、見慣れたシルエットを見つけて叫んだ声は、一織には届かなかった。
目の前には同じように一織を追いかけるみっちゃんがいた。
その後ろにはIDOLiSH7のみんながいた。みっちゃんが一織を捕まえたと思うと、一織が静かに話し始めた。
ここからじゃ内容は聞き取れないけれど、一織は自分から話始めたということだけはわかった。

「沙也ちゃん!」

追いかけてきてくれた京歌さんが、息を切らしながら私の名前を呼んでいる。
私は振り向くことなく佇んでいた。視線の先にはIDOLiSH7のみんなが踊り、歌い、泣き笑っている光景があった。

一織の表情は明るくはない。それでも口元は笑っていた。
もちろんそこに私はいない。
私の入れるスペースなんて、どこにもなかった。



「沙也ちゃん、今だから言うよ」

我慢していたけれど、耐え切れず涙が溢れた。
いつも泣いていたらみっちゃんが優しく「大丈夫だよ」って、頭を撫でてくれた。
けどみっちゃんの優しい手は私ではなく、IDOLiSH7のみんなへと向いている。

「あなたがIDOLiSH7でない限り、彼らはあなたのために立ち止まってはくれないし、一緒に進んではくれない。もう前みたいにずっと一緒にはいられないんだ」

本当はわかってた。
夢の中で一織に「遠くに行かないで」とお願いしても、ただ謝りの言葉しかもらえなかった。
夢の中でみっちゃんに「離れると帰っちゃうでしょ」といったら、「落ち着くまではここにいる」としか言ってもらえなかった。

本当に欲しかった”ずっと一緒だよ”という言葉は、2人ともくれなかったんだ。

「それでも音楽を続ける?ミュージシャンの道を進むの?」

それでも、私は――……

「……進みます。止まってなんかやらない。やるものか。逆に追い越して、こっちまで来いっていってやる!」


夜風が吹いた。ふわりと、私の髪をかき上げていく。
京歌さんの後ろに光る星が煌めいてこちらを照らしていた。その光が涙でにじんで見えたけど、瞬きをしたらはっきりと輪郭が見えた。

「だって私、音楽が大好きなんだもの」

京歌さんは「そう」と笑ってくれた。
私を抱きしめて、頭を優しく撫でてくれた。その感覚はみっちゃんとも一織とも全然違ったけれど、とても心地よくて、またそれが悲しく思えた。

「無自覚じゃなかったね」
「え?」
「なんでもないよ。さあ、帰ろう。ご両親が心配してるよ」

京歌さんはまるで王子様みたいに私の手を引きながら帰り道を歩いてくれた。
その背中を見つめ、懐かしいランドセルの背中が浮かんだ。私を励ますために歌ってくれたあの背中は、もうここにはない。

夜風が京歌さんの髪を掬って揺らす。
その綺麗な光景をただぼうっと見つめていた。