プロジェクトは秘密裏に

私の家に着き「こんばんは!Re:valeです!!」といつもの調子でモモさんがいうものだから、私の母は新たに購入したお気に入りのマグカップもダメにしてしまった。
国民的人気アイドルグループのRe;valeが自宅の食卓にいるのはとても不釣り合いだった。
父と母は両肩を上げて、目をまん丸くして2人を凝視している。

「というわけで、お嬢様をキーボードとして岡崎事務所に所属させていただきたいのです」

岡崎さんが懇切丁寧に両親へと説明している。依然として両親はぽかんと口を開けて「沙也が、Re:valeのキーボードに……」とあまり腑に落ちてない様子で繰り返した。

「芸能界の中では大きい事務所ではありませんが、娘さんの安全は第一に、絶対に守ります!そこはご安心ください!」
「はい。ですが娘は本当はIDOLiSH7の……」
「IDOLiSH7?」

モモさんとユキさんの声が重なり、私に視線が集まった。その眼差しにギクリとしつつも、私は近くの戸棚から取り出した1枚のCDをテーブルの上に差し出した。以前に小鳥遊さんから頂いたIDOLiSH7のJoker FlagのCDだ。

「幼馴染2人がこのグループにいるんです。本当は2人の歌を彩りたかった。でも、今はRe;valeの曲も彩りたい。それは本当です!」
「沙也……」
「私、思ってたより欲張りみたい」

両親に向かって笑いかけると、2人はふう、と腑に落ちたかのようにため息を零した。父が机に頭が付くぐらい深いお辞儀をした。

「娘をよろしくお願いします」

母も続いて頭を下げた。それを見ていたら私も頭を下げずにはいられなかった。
こんなちっぽけな私をRe:valeは見つけてくれた。見つけるだけでなく、探し出してくれた。これ以上ない幸運だ。私は恵まれている。

「こんなもんじゃない。これからたくさんの幸福を見せてあげるよ」

感情の機微には疎いはずなのに、私の言いたいことをくみ取ったかのようにユキさんがいった。
その言葉が嬉しくて、胸が熱くなって、私はこの人たちについていきたいと強く決意を新たにするのだった。










あれからというものの、私は岡崎事務所に入り浸っていた。キーボードになったからといえ活発な活動があるわけではなかったが、事務所の練習室でたくさん練習をしたかった。Re:valeの2人は忙しく、しょっちゅう事務所に来るわけではなかったが、立ち寄った時は演奏に合わせて歌ってくれたり、マメに声をかけてくれたりしていた。

「ねえねえ、幼馴染の子ってどれ?」

IDOLiSH7がめでたくデビューする、と文香から連絡が入り喜んでいたら、タイミングよく事務所に戻ってきたモモさんに見つかってしまった。モモさんは嬉々として雑誌を持って、私の隣に座る。
まるで女子会のような高いテンションに若干引きつつも、開かれた見開きページに7人の姿を見つけ、私は幼馴染の2人を指で示した。

「和泉兄弟です!みっちゃんと一織!」
「みっちゃんだって!いいなー、幼馴染って感じ!オレももっちゃんって呼んでいいんだからね!」
「え……言い難い……」
「ちょっと。マジレスすんのやめてくれる?」
「へえ、この2人か」

ユキさんが向かい合うように座り、雑誌をまじまじと覗き込んだ。品定めするようにじろじろと写真を見た後、私に視線を移していった。

「で、どっちの子が好きなの?」

突然の質問に私は何も飲んでもいないのに大きくむせ返した。顔が一気に熱くなった。どうしてこの人は脈絡もなく、デリカシーのない事を聞いてくるんだろう!

「2人とも好き!大好きです!」
「ポチ。おまえに男あそびはまだ早い。どちらかに決めなさい」
「男あそびなんかじゃないです!!!」
「へえ、じゃあ2人とも本気なの?でもルックス的に……この弟くんの方が本命?」
「ちがう!私が好きなのは……!!!」

気がついたら立ち上がっていた。口の端まで出かかっていた発言に我に返り、そのまま崩れるようにソファに座り込んでしまった。
これはもう、どっちが好きかって言ってるようなものじゃないか。

「へえ、お兄さんの方ね」
「甘酸っぱいねえ〜!いいねえ、青春って感じ!モモちゃんもそんな恋がしたいなー!」
「からかわないでください!!もう2人やだ!!嫌い!!」
「嘘だな。ポチは僕たちの事が大好きだ。それだけよくしっぽを振っているのに、よくもまあ見え透いた嘘を……」

一枚も二枚も上手な2人にからかわれ、返す言葉もなく私は近くのクッションに八つ当たりをした。
「こら。マーキングはやめなさい」とユキさんが続けたのでせめてもの抵抗できつく睨み付けた。

「いつから好きなの?聞かせて!モモちゃん恋バナ大好き!!」
「……わかんないです。ずっと一緒にいたから、気づいたら好きだったんだもん」
「じゃあもう告白すればいいじゃない。ずっと一緒なんだろ。何をそんなぐずぐずと……」
「ユキ、乙女心がわかってない!そんな簡単なもんじゃないんだよ!ね、沙也?」
「モモちゃん……面白がってるでしょ……」
「あ、モモちゃんって呼んでくれた!嬉しい〜!よし、お礼にこの桃とりんごのスパークリングあげちゃう!サービスに3本!三月の3にかけて!」
「いらない……」

クッションに顔をうずめながら、横目で雑誌のIDOLiSH7をみた。みっちゃんがこちらに向かって微笑んでいて、その顔を見るだけで胸がきゅっ、とつままれたような感覚に襲われる。
みっちゃんとの連絡は減った。最後に会ったのはコンクールの日だ。ずいぶん長い間、みっちゃんには会えていなかった。

「簡単だよ。会いたいって連絡してみればいい。デビューしたって休みがないわけじゃない。会おうと思えば会えるさ。僕らがこうして集まっているようにね」
「え……でも……」
「何を怖気づいているんだ?ほら、今電話をするんだよ。いつ会える?って、聞けない仲じゃないんだろ」
「そうですけど……でも、心の準備ってものが……!」
「世の中には会いたくても会えない人がいる。そんなちっぽけな悩み、シュレッターにかけて木っ端みじんにしてしまいなさい」

ユキさんがなぜこんなに押しが強いのかは分からなかったけど、その圧があまりにも強かったので私は渋々電話をかけてみる事にした。
別に会いたいって言えなくても声が聴ければ満足だった。

みっちゃん、どうしてるかな。
ツアーライブをやるって聞いてたから、忙しすぎて眠ってるんじゃないかな。
邪魔したいわけじゃない。ほんの数分、数秒でいいから、私にちょっとだけその時間をくれませんか。


「もしもし?」
「……みっちゃん?」
「沙也?久しぶりだなあ!元気にしてたか?」
「うん!元気にしてた!遅くなったけど、デビューおめでとう!」
「おう!ありがとな!」

電話越しにみっちゃんの声がした。久しぶりに聞くその声音は前より少しだけ大人びてる気がして、ドキドキした。
みっちゃんだ。みっちゃんが私のために時間を使ってくれてる!
嬉しい!こんな些細の事が、こんなにも嬉しいなんて!

「そういえばおまえ、最近何してるんだ?一時期はRabbiTuberになってたけど最近は更新してないって、一織が言ってたぞ?」
「一織が?!」

驚いた。隠しているわけではなかったけど、私から一織にストリートピアノ活動をしてる、だなんて報告をしていたわけじゃないし、ましてや一織が私の動画を見ているとは微塵も思ってなかったのだ。
見てたなら声かけてくれればいいのに。そうは思ったがここでは口にしない事にした。

「えっと最近はね……」

2人の視線にはっとした。モモちゃんが人差し指を口に添えて『ヒ・ミ・ツ』と口を動かしている。

「……キーボードの練習してるの!事務所にデモCDを送ろうと思ってて、その収録したり!」
「そっか。頑張ってるんだな」
「う、うん。みっちゃんはツアー中だよね?」
「ああ。そういえばマネージャーが東京公演のチケット、おまえに送るっていってたぞ!文香ちゃんと一緒に観に来いよ!」
「え、いいの!?」
「ああ!今度は風邪ひくなよ?じゃあな!」
「うん!楽しみにしてる!ばいばい!」

楽しい時間はあっという間だ。みっちゃんとの電話は呆気なく終ってしまった。名残惜しくも、でも胸がいっぱいでもある、かけがえのない時間だ。

「すごい……現役JKのピュアオーラは半端じゃないよ、ユキ……」
「そうね」
「甘酸っぱすぎる〜!いや〜、本当に青春ってかんじ!キラキラしてる!」
「結局会う約束はしたのか?」
「うん!ライブに行く約束した!」
「それ会うって言わないだろ」
「いいの!みっちゃんに会えることには変わりないから!」

私はスマートフォンを胸に握りしめ、ソファに倒れ込むようにして横になった。
先ほどの電話の余韻に浸りながら、ツアーの日はいつだっけ、と新たに出来た楽しみに浮かれながらIDOLiSH7の公式HPを開いて日程を確認する。
そんな私の様子を2人が呆れたように見つめていることなんて気にも留めずゴロゴロと転がり、そういえば!と起き上がった。
「年頃の子なんですから……はしたないですよ」と遠く目に見ていた岡崎さんに怒られてしまった。

「どうして私が岡崎事務所に入ったことは内緒にしないといけないの?」

そう。私がここに入ったことは口外してはいけないという暗黙のルールがあった。
知っているのは両親だけ。みっちゃんにも、一織にも、親友の文香にでさえこの事は他言無用だった。これはRe:vale2人からの指示だった。

「ポチは餌を出されるとすぐに知らない人にも付いていくだろう。危なっかしいからね」
「そうそう!芸能界は悪い人がいっぱいいるんだぞ〜!」

私が黙っているとユキさんが「まあ、冗談はさておき」、と続けた。

「君はまだ発展途上だからね。練習を重ねて、次の新曲と一緒に華々しくデビューしてほしいんだよ」
「デビュー前から言ってたらみんなを驚かせないからね。今はまだその時じゃないって事!」
「ふーん……」

腑には落ちなかったけれど、適当に相槌を打った。
まだ発展途上。その時ではない。その言葉にはとても納得ができたからだ。

「じゃあ私、また練習してきます!」

私は2人に見送られながら練習室へと向かった。
ユキさんの新曲のデモはまだあがっていない。私は来るべき時まで、ひたすら2人を魅せるための練習を重ねていった。