「沙也だけが映っているこの写真は私が撮ったので、他の誰も持ってないレアものです。大事にしてね」
ポコポコと一織のラビチャが鳴る。あまりにも続くものだから近くにいたナギに「イオリ、悪の組織に狙われてます?スパイですか?」と謎の心配をされてしまった。あなたのファンから執拗に連絡が着て困ってます、という言葉が喉元まで上がっていたが咳払いでごまかした。
「いいかげんにしてください。もう十分です。私達は情報を共有するだけのはずでしょう」
「写真も立派な情報じゃないかな?もういらない?結構可愛く撮れてると思うけど」
新たに届いた画像は、両手をネイビーとオレンジのポリッシュで色づけ、2色のリストバンドをつけて満面の笑みを向ける沙也の写真だった。
「千秋楽のお守りです。頑張ってください」
文末に添えられたニコニコとした顔文字が何とも憎らしく感じる。一織はため息をつき、再び画像をみた。ライブTシャツをきて、ペンライトも自分と兄のカラーを灯し、とても楽しそうに笑う沙也の姿だった。
自分のカラーを身に付けてくれている。その事実だけで一織は体の奥底が温まるような感覚に陥った。口元を覆い隠すように手を当てた。メンバーに気づかれないように平然を装うのに必死だった。
(可愛い)
無邪気な沙也の笑顔は一織の緊張をほぐしてくれた。鍵付きのフォルダに手早く画像を保存する。沙也が会場に着てくれている、そう思うと不思議と肩の力が抜けて適度にリラックスする事が出来た。
一織にとって文香は利害が一致している人物で、それ以上でもそれ以下でもなかった。沙也が気を許しているし悪い人物ではないのだろうが、事あるごとに沙也の写真を送り付けてくるので、煩わしいと思う事が増えていた。(しかし画像はしっかりとフォルダに保存をしていた)
ポコポコと再び着信音が鳴り一織は苛々しながらもスマートフォンを再びスワイプした。いくらなんでもしつこすぎる、文句の1つでも送ってやろうとラビチャを開くと、別の人物からだった。
「一織、頑張って!ファンサちょうだいね!」
先ほど話題に上がっていた沙也本人からだった。うさみみフレンズのろっぷちゃんが”頑張って”と小さな旗を振って動くスタンプが添えられている。
「その分、たくさん盛り上げてくださいね」
一織は同じくうさみみフレンズの、ぺろちゃん、ろっぷちゃん、みみちゃんが寄り添っているスタンプを返した。
すぐに既読が付き、OK!とみみちゃんがはしゃいでいるスタンプが返ってくる。
一織はスマートフォンを鞄にしまった。ライブ開始の時刻が着々と迫ってきている。不安がないと言えば嘘になるが、今日はいつもよりうまくやれる、そんな気がした。
「今日、何かあるの?」
浮かれて鼻歌を歌っていたからだろうか。文香は目ざとく私の些細な変化を感じ取ったようで、顔を近づけていった。あまりにも至近距離だったので合流した佐藤くんが「びっくりした。キスするのかと思った」と後ろで変な事を言ってた。
「ある……といえばある、けど……」
「じゃああとで教えて?」
「う、うん。文香って鋭いねえ」
「だって今日の沙也、いつもより可愛いんだもん」
「文香!!!」
突然褒めてくれたから嬉しくて思わず抱き着いた。
文香はどうどう、と言いながら私の背中をぽんぽんと優しく叩く。佐藤くんが「本当に仲いいよな、2人」と呆れた声で漏らしていた。
「ところで佐藤くん、前から5列目なんてついてるね!」
「おう!結構前の方だからめっちゃテンション上がった!2人はどのあたり?」
「私たちは後ろから4列目。隅々まで見れそうで楽しみだね、文香!」
「うん。空間の空気を吸えるだけでありがたいよ、本当……」
「塚原ってこんなキャラだっけ……?」
文香が天を仰いで手を合わせるものだから、佐藤くんがひどく困惑した様子で私を見た。苦笑しつつ「うん。大体こんな感じ」とフォローにならない言葉を返した。
文香のイエローコーディネートは前回のライブより磨きがかかっている。
3人でフラスタやライブ告知の看板の前で記念撮影を終え会場に入ると、開始前だというのに十分すぎるほどの熱気に包まれていた。佐藤くんと別れ指定席に着くと「さて」と文香が切り出した。
「もしかしてライブの後、三月さんに会えるの?」
こそこそと、耳元で私にしか聞こえない声量で文香が言う。私はかぶりを振った。
「小鳥遊さんがね、終わったら控室に案内してくれるって。最近ゆっくりお話も出来てないでしょうからって気を利かせてくれたの」
「ええ!めっちゃいい人だね!」
「本当に!でもライブの後だから疲れてるだろうし、挨拶だけして帰るつもり」
ステージを見据えると、ふとこの間のみっちゃんとの電話が頭をよぎった。
みっちゃんだけど、みっちゃんじゃなかった、あの声。
思い出すだけで体が熱くなった。今日のみっちゃんはいつもの通りのみっちゃんなのだろうか。
私はいつも通りみっちゃんと話せるのだろうか。
そんな不安をかき消すように、ステージが鮮やかな照明が照らされ、夢のようなひと時の開始を告げたのだった。
「沙也さん、お久しぶりです!お元気でしたか?」
「小鳥遊さん!お久しぶりです!はい!元気です!」
ライブを終え、テンションマックスのまま私は関係者口へと案内してもらった。小鳥遊さんは忙しい合間を縫い、私に挨拶をしに来てくれたようだった。
「チケットだけでなくこんな時間まで頂けて……本当にありがとうございます!」
「とんでもない!沙也さんは三月さんと一織さんのご家族も同然の方ですから!楽屋はこの突き当りを右です。申し訳ございませんが、私はこちらで……」
「はい。お話しできてよかったです!小鳥遊さん、また会いしましょうね!」
小鳥遊さんは微笑み、会釈をしてスタッフの中へ紛れていった。
案内された通りに進むと、”IDOLiSH7様”と書かれた扉の前に着いた。深呼吸を2回して、意を決して扉をノックする。
「はい!……あ、沙也ちゃんだ!」
扉を開けると七瀬さんがいた。満面の輝かしい笑顔で私の名前を呼び、出迎えてくれている。
「話すのは初めてだね!七瀬陸です!この間のコンクール、すごかった!オレ、感動しちゃった!」
「初めまして!そんな……!七瀬さんの方がすごいです!今日のライブ最高でした!」
「ありがとうございます!楽しんでもらえたよかった!」
「あなた達、続きをやるなら扉を閉めてくれませんか」
皮肉交じりな声に振り向くと一織が腕を組んで、ジトっとこちらを睨んでいた。
慌てて扉を閉め、楽屋の中をぐるりと見回すとIDOLiSH7のメンバーが勢ぞろいしていた。果たしてこんなところに私がいていいのだろうか。なんだかひどく居た堪れない気持ちになる。
「一織、ファンサありがとう!嬉しかった!」
「別にあなたにしたわけでは……」
「え!?違うの!?」
てっきり自分にと思っていたのでショックだったが、「まあそれも一織らしいか」とあまり気に留めない事にした。
「千秋楽、お疲れ様でした!本当にすごかったです!楽しくてあっという間でした!これ、皆さんでどうぞ!」
「これ、うちのじゃないですか」
「うん。おじさんとおばさんに持っていってって頼まれたの!もちろん、私もお金を出しました!」
『fonte chocolat』とプリントされたパッケージを開けると、焼き菓子の詰め合わせが顔を出した。メンバーだけではなくスタッフにも渡せるようにとかなりの量を持ってきたので、「すげえ!オレ食いたい!」と四葉くんが目を輝かせて食い気味に言った。
「こんなにたくさん重かったろ。ありがとな」
「みっちゃん!」
声が聞こえ、思わずみっちゃんのもとへと駆け出した。みっちゃんはライブを終えた後だからか、少し疲れているようにみえたけど決して暗くなく、爽快感が勝っているように思えた。
「みっちゃんのトークめちゃくちゃ面白くて、涙流して笑っちゃった!どんどん話回すのうまくなってるね!隣の人がめっちゃウケてたよ!」
「確かにミツキ、ライブの回数重ねる毎にツッコミが素早く、鋭くなっている気がします」
「どこかの誰かのおかげだな」
「Oh?誰のおかげです?」
まるでステージの続きみたいなやり取りが目の前で披露され、思わず笑ってしまった。
すごいなあ。前々から思ってたけど、IDOLiSH7のみんなは本当に仲が良いんだ。
「沙也ちゃん、電話鳴ってない?」
大和さんが私のカバンを指さして言った。リュックのポケットから飛び出ているスマートフォンを見ると、指摘通りに着信画面が光っていた。電話の主はユキさんだった。
知らせてくれた大和さんに会釈をして、楽屋を出たすぐ近くで通話に応じた。
「もしもし、沙也です。ユキさんどうしたんですか?」
「どうだった?今日のライブは」
「最高でしたよ!夢中でペンライト振りました!まるで夢のような時間で、あっという間に時間が過ぎちゃった!」
「そう。よっぽど楽しかったんだね」
「はい!とっても!!」
つい感情が高ぶり大きな声が出た。思わず辺りを見回すが近くに誰も人はいなかったので、ほっと胸を撫でおろした矢先だった。
「じゃあ明日からの合宿は頑張れそうだね。しばらく休みもないと思って。事務所に朝8時集合。いいね?」
「は?合宿?」
「おやすみ」
「ちょ、ちょっと!?ユキさん!!!!」
無情にもあっけなく通話は一方的に終わった。
明日から合宿?いったい何のことだ。まったく聞いた事のない予定をさも当然に、あたかも最初から決まっていたかのように告げられた。
混乱とあまりの勝手な行動に苛つきすぐにラビチャを送ると「言ってなかったっけ?まあさっきの電話で言ったからいいよね。じゃあ僕はもう寝るから」と悪びれもしないメッセージが届き、私は発狂した。
「ユキさんのアホ―!!!」
「沙也?」
はっとした。感情的になりIDOLiSH7の楽屋近くにいた事がすっかり頭から抜け落ちていた。みっちゃんと七瀬さんが驚いた表情で扉からこちらを覗き見ている。
「どうしたんだよ。そんな大きい声出して」
「ご、ごめんなさい。ちょっといろいろあってつい……」
楽屋に戻り皆さんの表情を見るに私の声が筒抜けだった事は明らかだった。
私は笑った。笑うしかなった。苦笑いを浮かべてこの気まずい空気を埋めたかった。
感情的でヒステリックな女と思われたらどうしよう。(なんとなく、本当に何となくだけど大和さんはそう思っているようにも見える気がした)
「誰と電話してたんだよ」
「え、えっと……」
みっちゃんと一織が似たように、訝し気に私を見ている。
平然を装うとしているのに視線が泳ぐ。私は昔から隠し事や嘘をつく事が苦手だった。
「う、うるさくしてごめんなさい!!また次のライブ、楽しみにしてます。じゃあまた!!」
「お、おい!!」
逃げるが勝ち。そう言わんばかりに早口で挨拶を済ませて駆けだした。
せっかく小鳥遊さんからゆっくり話せる機会をもらえたのに、棒に振ってしまったではないか。
「これも全部ユキさんのせいだ……!」
明日会ったらどんなふうに文句を言ってやろうかと何十通りもシュミレートしたものの、余裕そうな笑みを浮かべて軽々しくかわすユキさんの姿しか思い浮かばない。
こんな時、一織だったら的を射た嫌味を簡単に思いつく事が出来るだろうな、と頭の回転が速い幼馴染を少し羨むのだった。