ピアノの演奏会で着たドレス。送られてきた画像で見た浴衣。
学校の制服。体操服。
白でもない。
オレンジでも、ブルーでもない。
記憶のどこを探しても見当たらない色。
(本当に、あの沙也なのか?)
彼女の動きに合わせて翻ったドレスから覗くピンク色を見つめていたら、ぼんやりとした記憶のシルエットが顔を出した。
(昨日ナギとしたゲームのペンキも、あんな色をしてたっけ)
彼女が通り過ぎる様がスローモーションのように見える。
体が拒否をしているかのようだった。
現実から逃避するように、徐々に記憶へと意識のピントが合わさっていく。
彼女のシルエットがぼやけいく様を見ながら、三月は昨晩の記憶を思い返した。
「正直、ショックだったんだ。テレビに出てるあいつを見た時」
液晶画面を見つめたまま、隣に座るナギを一瞥もせず、三月は言った。
「だってさ。小さい頃からずーっとオレのために演奏したいって言ってたやつが、他のアイドルのためにピアノ弾いてんだぞ?なんでって思うじゃんか」
「イエス。わかりますよ。レディに振られる、とても悲しい事です」
「振られてねえよ!……あぁ!!」
気を取られた三月は操作を誤ってしまった。
悲し気なBGMが敗北を知らせ、画面の中のキャラクターは集中力のない三月を怒るように、膨れっ面で睨んでいる。
「珍しい事じゃない。やりたい事が変わるなんて、よくある話だって、割り切ろうとしたよ。でもあいつ言うんだよ。まだオレの歌を演奏する事、諦めてないって」
三月は倒れ込むようにして横になった。
JIMAの前、「一織のネット記事を見つけた」とナギに零していた時と同じように、そっぽを向いて。
「でもあいつさ、すごく楽しそうに活き活きと弾いてたんだ。オレのためにああ言ってくれてるだけなんじゃないかって、今でも思ってる」
「ミツキ。本当にそう思って言ってます?」
「……思ってねえよ。沙也はそんなやつじゃない。小さい頃からずっと見てるんだ。オレが一番わかってる。わかってるはずなんだ……」
まるで自分に言い聞かせるように、三月は言う。
「……じゃあなんで、あんな楽しそうなんだよ……」
あまりにも弱弱しい声に、ナギは思わず三月の名前を呼んだ。
寂しそうな背中を見ると胸が痛み、ナギは無意識に三月の背中へと手を添えた。
友人に寄り添うその行動は、皮肉にも三月のトリガーを引いてしまう。
(好き……みっちゃん……)
沙也が背中越しに抱きつき、言った言葉。
体温や寝息までも鮮明に、三月は思い出してしまった。
あれはただの寝言だ。
いつもの愛情表現だ。
オレの知ってる沙也は、オレの事をそんな目で見るわけがない。
オレたちは兄弟みたいな関係だ。
それ以上でもそれ以下でもない、そのはずだろ?
だって、あいつのことはオレが一番わかってる……
(私を、みて!!!!)
「っ!!」
忙しなく、ようやく現実へと三月は戻った。
キーボードの音が逃がしはしないというように、三月の意識を鷲掴んだ。
ステージの上ではスポットライトを浴びたRe:valeが音楽に合わせて優雅に歌い踊っている。
休憩中、百から「オレたち、今日は歌を2回撮るんだよね!録音音源と、生バンド演奏の演出で」と聞いていたし、心の準備はしたつもりだった。
しかし、いざ目の前に幼馴染が現れ、自分以外の人たちのために演奏をする所を見ると、とても逃げ出したくなった。
精一杯の自己防衛で逃避しても、幼馴染はそれを許してくれない。
(私の彩ったステージを、みて!!!!)
あの晩とは打って変わった、力強い彼女のメッセージが届く。
先ほどの録音音源とは違った、鮮やかな色で満ちたステージがそこにあった。
Re:valeはすごい。
けれど音を味方にしたRe:valeはもっとすごい。
三月は興奮した。
素晴らしいものに出会えてよかったと、泣き出しそうになるほど熱い気持ちをぐっとこらえた。
(そうだったな。おまえは、そういうやつだったよな)
三月は思い返す。
アイドルになるという夢を支えてくれた人たちの事を。
自分をアイドルにしてくれたIDOLiSH7のメンバー。
いつも傍にいて、自分の魅力が何かを一番に考えてくれた一織。
背中を押し続けてくれた両親。
ここまで見守ってくれたファンのみんな。
みんな色々な形で三月を支えてくれた。
それは沙也も同じだった。
三月の夢を少しも疑う事なく、自分も演奏者になると一緒に夢へと突き進む。
直向きな沙也の姿は、三月をずっと支えてくれていた。
(おまえはただ、自分のやり方で進んだだけだったんだな)
(ごめんな。疑ったりして。信じてやれなくて)
通じるはずなどないのに、神へ懺悔するように三月が心の中で囁くと、タイミングよく演奏が終わった。
OKの合図を聞き、沙也が晴れやかな、満面の笑みをこちらに向け、三月は思わず涙がこぼれた。
MEZZOの2人越しにナギが「ミツキ、ワタシにも伝わりましたよ」と優しい声で慰めるように言うので、更にこみあげてきた涙を拭いながら、一生懸命にかぶりを振る。
三月は沙也の笑顔を脳裏に焼き付けるように、大きな瞳のレンズ越しに見つめ続けた。
「沙也?」
IDOLiSH7の楽屋の前で待ち伏せをしていたら、聞きなれた声が下りてきた。
声の主はみっちゃんだった。
私を見るなり大きな瞳を潤ませ、何かを堪えるように顔を歪ませた。
「おまえ、かっこよかった!すごかった……本当にすごかった!!」
「あ、ありがとう。みっちゃんまた泣いてる……」
「泣かずにいられるかよ!!あんな姿見せられたら!!」
まるでコンクールで優勝したあの日のよう。
涙を拭って、「よくやったな」といつものように頭を撫でてくれる。
私の大好きな優しい手つきには不思議と包容力があって、一気に幸せで満たされる。
ずっと浸っていたい心地よさだ。
みっちゃんはどうして、こんなに人を幸せに出来るのだろうか。
「っと……オレじゃないよな。用があるのは」
私を癒してくれた優しい右手がぐるりと方向を変えたかと思うと、打って変わって力強く逞しいものになった。
素早く目標の腕を掴み、私の方へと突き出す様に放り投げる。
「ちょっ、兄さん!」
「おまえら、意地っ張りも大概にしろよー?ほら、仲直り!」
「ちょ、み、みっちゃん!!」
みっちゃんは強引に私たちを非常階段へと締め出した。
季節はまだ冬。なんて非情な仕打ちだろう。
中に入ろうと試みるが、みっちゃんが押さえていているのか、扉はびくともしなかった。
「い、一織。早く仲直りしよ!じゃないと私達凍死するよ!」
「そんなすぐに死ぬわけないでしょう」
「私の恰好見て言ってくれる!?」
私たちは衣装のままだった。
一織はジャケットを着ているが、私は肩も足も露出しているドレス姿。
腕を擦って必死に暖を取るが、全くもって温かみはやってこない。
「一織、早く謝ってよ!」
「なんで私が謝るんですか!?」
「だって怒ってるの一織じゃん!!」
「あなただって怒ってるでしょう!!」
「一織がなんで怒ってるかわかんないよ!!」
「私だって、あなたがなぜ怒ってるのかわかりません!!」
「だって、一織が小鳥遊さんとしゃべってるから!!」
「は……?」
一織は目を丸くしてこちらを見ている。
それがなんだか恥ずかしくて、私は視線を外した。
「一織が小鳥遊さんとしゃべってるの……なんか嫌だったんだもん」
「どうしてマネージャーなんです……?」
「わかんないよ!だって、怒ってて私と話してくれないのに、小鳥遊さんとはたくさんしゃべってるって、七瀬さんが言ってた!!」
最悪だ。こんな醜い感情を晒すことになるなんて。
これじゃあのカフェの時と同じだ。
まるで子供みたいに、感情的を抑えきれないまま爆発させている。
情けない。恥ずかしい。なんだか泣けてきそう。
「……バカですね、あなたは」
外気に冷やされていた肩が包まれる。
ふわりと覚えのある香りが鼻を掠めた。
それが一織のジャケットだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「マネージャーと私が話すのは当然でしょう?私たちはアイドルとマネージャーなんですから」
「わかってる……でも、なんか嫌だったんだもん」
「幼稚ですね」
「なっ……!!」
折角色々と文句を言いたかったのに、感情は風に運ばれて消え去ってしまった。
右手で口を隠す一織。幼馴染の私は知っている。
それは照れを隠す、一織の癖だという事を。
口喧嘩ばかりしているのが私たち。
ケンカをたくさんして。少女漫画や映画みたいに甘い言葉を囁き合うような間柄ではない。
私達の頬が赤いのも、寒空に晒されたからで。
きっとそう。そのはず、なのに。
「……ドア、開きますね。早く中に入りますよ」
一織が私の手を引く。
握られた手をみて、童話のお姫様はこんな気持ちだったのかな、なんて柄にもない事を考えていたら、一織が怒っていた理由を聞きそびれてしまった。