羽とネイビー

「俺は百さん!サッカーもやってたらしいし、盛り上げ上手だし、明るくて好きだわ!」
「私は千さん。なんというか、その……顔がとてもきれ……好みだから……」
「塚原って美形が好きなんだな。わかりやす」
「そういう佐藤くんだってわかりやすいよ。百さんも三月さんも元気で明るいムードメーカータイプだもん」
「まあなー。そういや、改めて考えるとマジすげえな。橘がRe:valeとテレビ出てるなんてさ」

佐藤くん、話のつながりがおかしいよ。
ついさっきまで「Re:valeならどっちがタイプか」という話をしていたはずでしょう。

「本当にすごいよね。どういう人生過ごしてたら幼馴染が2人もアイドルになって、トップアイドルのバンドメンバーにスカウトされるの」

ぐりぐりと彼女の人差し指が頬に突き刺さる。
声を上げるほどではないけれど、念が籠っているような、じわじわとした鈍い痛みが一点に集中する。
気のせいかな。文香の目、あんまり笑ってないように見えるんだけど。

「痛いから指ささないで、文香」

文香の指が離れたと同時に、佐藤くんが慌ててあたりを見渡した。
周りが誰もここのテーブルに注目していない事を確認し、ほっとしたようにため息をついた後、私と文香にだけ声を届けるように身を乗り出し、小さく言った。

「悪い、橘も一応有名人だもんな。あんまりRe:valeの話しない方がいい?」
「私が有名人なわけじゃないよ。でもバンドメンバーって話は避けてほしいかな。気遣ってくれてありがとう」
「いや!無神経すぎたわ。ごめんな」
「全然!それより佐藤くん、今日もばっちりの”みっちゃんコーデ”だね!」
「おお!さすが橘!ちゃんと見てくれてサンキュー!!」

ネイビーのマウンテンパーカーの中から顔を出すビビットなオレンジ。
同じ色合いのリストバンドを両腕に纏う佐藤くんの顔はとても晴れやかで誇らしげだった。
隣の文香も負けじとイエローでまとめられたコーディネートを見せつける。

赤、青、水色、緑、紫。
店内はそこら中に同じく”色”を纏う人たちで溢れていた。

「楽しみだね!久々のライブ!」

『PARTY LIVE TOGETHER!! IDOLiSH7』
ポップなロゴであしらった白いTシャツを纏った文香が、嬉々とした表情で言う。
佐藤くんも私もつられて笑った。
店内は同じような笑顔を浮かべている人がたくさんいる。

私達は少しずつ近づいてくるライブの開始時間を心待ちにしながら、会場近くのカフェで期待に胸を膨らませていた。





「にしても塚原ってチケ運ありすぎじゃねえ?最前列取るって早々ないよな?」
「すごいよね!縁結びの神社に通ってお願いしたって言ってた」
「マジで?俺も通おうかな……」

私達2人はステージから離れたアリーナ席にいた。
ここからでも顔は見えるだろうけど、相当小さい。恐らくサイドにあるモニターを見た方がよさそうだ。
私と佐藤くんのチケットも元々は文香が複数申し込んでくれたうちの1部だった。
「当たったら沙也と行こうと思って申し込んだ2枚が本命だったの。まさかダメ元で申し込んだ1枚分も当たって、しかもそれが最前だとは思わなくて……」
と、興奮入り混じった涙声で言う文香はドルオタモード全開で、慣れていないクラスメイトが若干引いていた。(側にいた私と芽衣にとっては、すっかり見慣れてしまった光景だった)
私と佐藤くんはすべて落選してしまったので、文香の恩恵にあやかる事にしたのだ。

「橘さん、ちょっとした賭けをしない?」

佐藤くんが、まるで悪戯を思いついた子供のように笑った。

「1曲目、何の曲が来るか予想しよ」
「それ当てるの難しくない?2人とも外しちゃうかも」
「その時は無効な!負けた方は勝った方の願いを1つきくってことで!俺はね、メモメロ!」

ドクン、と心臓が跳ねる。
「ブラホワのステージが忘れられなくってさ!賭けっていうより願望かも」と楽しそうに言うので、「感動したよね、」と精一杯の言葉を返した。
こちらの様子に気づくことなく、佐藤くんは「だよな!恥ずかしいけど、テレビの前で泣いたわ!」続ける。

知ってる。
これ、動揺って言うんだ。

「私は、JokerFlag!かな!」
「JokerFlagもいいよなー!ラップのところ、めっちゃ練習したわ!」
「練習したの?今度聞かせて!」
「待って、もうちょっと修行を積んでから……」

よかった。うまくごまかせたのかも。
心臓も少しずつ落ち着いてきた。
ほっと胸を撫でおろし、手首からぶら下がるペンライトの明かりが視界に入った。

『MEMORiES MELODiES』
ブラホワでTRIGGERに勝った曲。
IDOLiSH7の知名度が上がるきっかけとなったうちの、1つの曲だ。

IDOLiSH7はブラホワ優勝の勢いを落とすことなく、着々と知名度を上げ続け、活躍の場を広げていた。
先日は『NEXT Re:vale』にもゲスト出演して、初めて2人と仕事をすることになった。
その時着ていた衣装も、その”メモメロ”のものだった。

私のバカ。
思い出すな!変に意識するな!
自意識過剰!ポメラニアン!ゴリ……。

「橘さん!?何してんの!?」
「ちょっと自分にムカついて……」

自分で自分の顔にキメたグーパンチは痺れる、いいキレをもっていた。
とても文科系とは思えない威力だ。
自分で自分を褒める事にしよう。

「橘さん、あのさ……」



まるで佐藤くんの言葉を遮る様に、目の前に暗闇が落ちた。
期待と困惑が入り混じった歓声が漏れ出て、一面に広がった。
それを一掃するように、ステージに差し込む強く眩いスポットライトが私たちを引き寄せた。

IDOLiSH7の世界が会場全体に広がっていく。

ギターの重低音から始まるイントロ。
メロディに合わせて彼らがスピーディに動き、また、勢いを急ピッチに押し殺して制止する。
彼らに合わせて装飾も踊っていた。
それぞれに付けられた羽が小刻みに震えて、揺れている。
止まろうにもすぐに動き出すものだから、まるで本物の羽みたいに羽ばたいているみたいだ。

不思議だ。
思ってた通りステージまでには距離があって、みんなの顔は小さすぎて、ぼんやりとした輪郭しか見えなかったのに、その羽だけは、なぜだかはっきりと見えた気がした。
ペンライトを振る事なんて忘れて、私はただその動きを見入った。

なんでかな。
自分でもおかしいって、そんなはずないって思うけど。
耳を澄ましていると、羽ばたく音が聞こえてきそうな気がして。

小刻みに波打つような音が、私の中に広がっていったの。










「ライブ最高だった!!」

会場を出て、佐藤くんが空に向かって叫ぶような大声を漏らした。
男の子の声はよく通る。
近くにいた女性ファンがくすくすと笑うものだから、佐藤くんは我に返って恥ずかしそうに頭をかいていた。

「やっぱりアイナナのライブは生き返る!エナジードリンクだよ!!」
「アドレナリンドバドバだね!」
「おー!今試合したら負ける気しねえわ!」

人が多いので、文香とは駅で合流する約束になっている。
佐藤くんは興奮冷めやらぬ様子で、真冬だというのに半袖のTシャツ1枚のまま、駅までの道のりを歩いていた。
手袋までしている私とはえらい違いだ。

「陸くん、大丈夫かな。ラストの方辛そうだったし、アンコール出てこなかったの関係あんのかな」

さっきまで興奮を抑えきれていなかったというのに、突然冷静な、心配そうな口調で話すものだから、驚いた。
佐藤くんは思ったよりも切り替えが早いタイプなんだと思った。
もしかして気分屋だったりするのだろうか。

「どうなんだろ……体調悪かったのかな」
「なあ、こういうのって和泉に聞けねえの?」
「えっ、」

思わず声が裏返った。
佐藤くんはおかしかったようで、ケラケラといたずらっ子のように笑っている。

「橘さん、わかりやすすぎ。和泉となんかあった?」
「佐藤くん、もしかしてわざと……!!」
「だって橘さん、賭けしよって言った時明らかキョドってたからさ。こりゃ、誰かとなんかあったかなーって思って。一番確立として高いのは和泉兄弟のどっちかじゃん?それなら和泉の方かなって」

「あ、どっちも和泉だったわ」
そう言って佐藤くんが笑う。
空気を和ませようとしてくれているような優しい笑い声だった。

「俺、さっき賭けに勝ったじゃん。だからお願いとして、もし相談できるなら話をって言おうとしたけど……やっぱなし!代わりにコンポタ奢って!」
「コンポタ?」
「うん。コンポタ缶。駅の自販機にあったからさ」

佐藤くんは優しい。
きっと私が触れてほしくないって思ってることわかって、わざと茶化してくれたんだ。

「……ありがと、佐藤くん」
「なんで?奢るの橘なんだけど」

佐藤くんは笑う。
駅が近くなって人混みに紛れ、佐藤くんが自然と私の前に立った。
その背丈はみっちゃんととてもよく似ていた。
髪色がもう少し明るかったら、後ろ姿はみっちゃんと変わらないかもしれない。

「ネイビーの、マウンテンパーカー……」

再び、小刻みな羽音が私の中に広がった。
おかしいな。
もうライブ会場にはいないはずなのに。
どうして――……。










翌日、体育の授業で美樹が貧血を起こして倒れた。
周りが混乱する中、サッカー部の野口くんが颯爽と近づき、自分のジャージを美樹にかけ、保健室へと連れて行った。
あまりにも紳士的で完璧な対応に、誰かが「王子様みたい……」と零した。

「ジャージをかけてくれるなんて、優しくない?」「憧れのシュチュエーションだよね!」
心配の声は次第に興味の声へと変わる。
女子たちの黄色い話し声が体育館中に満たされた。

その黄色い声は、私にフラッシュバックを起こす。



体温を奪うように地肌をさらう冬風から守る様にかけられた白い羽のついたジャケット。
仄かに残る温かさ。鼻を掠める一織の香り。
非常階段の景色。まるでおとぎ話のようなワンシーン。

ライブ会場で聞いた羽音まで、呼び戻された記憶のかけらと共に再び訪れる。

いや、違う。羽音なんかじゃない。
小刻みに震えるこの音は、
私の心臓の音、だ。



「あの2人、付き合ってるのかな?」



その言葉のせいで変に意識してしまって、私は一織の方を見る事が出来なかった。