凸凹カウントダウン

「おはようございます!!」

通勤ラッシュの時間帯、賑わっている駅前に私はいた。
ニコニコと笑顔の私に反して引きつった表情で手元のフライヤーを離そうとしない男が一人。
私達の均衡した綱引きに堪えかねず、くしゃくしゃと皺が入る音が響いている。

「沙也?」
「みっちゃん!!」

別の方向から聞こえてきた聞きなれた声に、私はすぐさま飛びついた。
それまで対立していた男が反動で少しよろけたように見えたが気にしない事にした。
みっちゃんから真新しい綺麗なフライヤーを受け取り、鮮やかに印刷されたライブ告知を隅々まで見渡した。

IDOLiSH7。本当だ。夢じゃないんだ。
みっちゃんが、本当にアイドルになった!!!



あれからみっちゃんと一織はめでたくオーディションに合格し、”IDOLiSH7”というグループに所属したという朗報を受けた。
それから頻繁に会えていたみっちゃんとはあいさつを交わす程度にしか会えなくなってしまったが、彼が夢に一歩近づいているのだと思うと嬉しくもあった。
どうにか今の状況を知りたいと思い、クラスメイト兼幼馴染の一織にリサーチをかけても、今はデビューに向けて地道な活動をしている、という何とも曖昧な情報しかくれず、それ以上踏み込もうとすれば「仕事(ビジネス)のことは口外できませんので」という皮肉たっぷりな決まり文句で一蹴され続けていた。
そんな時、フライヤー配りをしているところを偶然文香が見かけ、私に情報が流れてきたのだ。
一織は勝ち誇った態度で突然現れた私を見て、先ほどまで浮かべていた涼し気な笑顔を一変させた。余裕なく悔しがる表情を見ると、どうだみたか!と言わんばかりに内なる私の鼻がどんどん伸びていった。



「みっちゃん、ライブ絶対行くからね!一番近い席が当たるといいなー!!」
「お、おう。サンキュ」

数日ぶりに顔を合わせただけなのに、みっちゃんがとても大人びて見えた。
すごいなあ。みっちゃん、やっぱりカッコいいなあ。

「三月さん、お知合いですか?」

綺麗で華奢な声が下りてきたと思えば、そこには声だけでなく見た目も整った女性が立っていた。
手には大量のフライヤーを携えていたので、関係者の方だという事がすぐにわかった。

「マネージャー。こいつ、オレの幼馴染なんだ。ほら、沙也。自己紹介」
「は、初めまして!橘沙也です」
「初めまして。IDOLiSH7のマネージャーの小鳥遊紡です」

こんな綺麗な人がマネージャー!?
じゃあこの人がずっとみっちゃんの近くにいるって事!?

ショックのあまり次の言葉が出てこなかった。口がただパクパクと動くばかりで、干からびたようにカラカラとした声がやっと漏れ出すほどだった。
どうしよう。こんな素敵な人が近くにいたらみっちゃん、きっとこの人の事を好きになっちゃう。私が踏み入る隙間が、ない!!!

「ミツ、朝っぱらから見せつけてくれてんじゃん。彼女?」

“彼女?”
その言葉に思わず顔を上げた。その発言をしたと思われる眼鏡をかけた人とばっちりと目が合った。
私、彼女に見える?みっちゃんの彼女に見えてるの!?

「違げーよ!沙也はオレの妹みたいなもん!」

“妹”。
その何気ない四文字がずっしりと、重石のように私の脳天を直撃した。
この悪気のない明るい否定は、私にとって鈍器で殴りつけてくるような破壊力があることを、みっちゃんは気づきもしない。
せっかくみっちゃんに会えたのに、踏んだり蹴ったりだ。

「妹じゃないよ!私はみっちゃんの……」

むきになって少し声を荒げてしまい、我に返る。
私、何しているんだろう。私はみっちゃんの何なの?
私、なんて言うの?

「……ファ、ファン!一番最初の!ファン!!!」

シーン。
辺りが静まり返る。一織はとっくの昔に見放していたようで、少し離れたところで黙々とフライヤーを配り続けていた。
沈黙と視線が痛い。ひしひしと体を打ち付けてくる。
この空気、どうしてくれよう。



「こんなに素敵なファンの方がいるなんて、三月さんは幸せ者ですね!」

意外にも、この沈黙を破ってくれたのは他でもないマネージャーさんだった。
朗らかな笑顔を私に向けて「これからもIDOLiSH7をどうぞよろしくお願いします」と頭を下げてくれた。

私の中でマネージャーさんが恋のライバルから一瞬でとってもいい人へと格付けされた瞬間だった。
(そしてその後、浮かれて時計を見ずに学校に向かったせいで遅刻してしまった)





「四葉くんもIDOLiSH7に入ったんだねー!」

めんどくさそうなジトっとした視線がこちらに向いた。
今は放課後清掃の時間。私が箒で掃いたゴミを四葉環くんが塵取りでまとめ、ゴミ袋に入れいているところだ。

「あー……あんた、朝みっきーの前ではしゃいでたやつじゃん」

無神経な物言いだと思った。裏表がないタイプなんだろうか。
今まで会話をする機会がなかったからみっちゃんを謎のあだ名で呼んでいることが意外過ぎて、意表を突かれてしまった。

「みっきーの…ファン一号?だっけ?ライブくんの?」

四葉くんはゴミ袋の口を閉じると気怠そうに立ち上がった。
背が高いようで、先ほどまで見下ろす形になっていた分、立ち上がった四葉くんと顔を合わせようとすると首が後ろに傾いた。

「うん!行くつもり!今からすっごく楽しみ!!」
「へー」

私のテンションとは裏腹に抑揚のない返答に思わず肩を落とした。
曲がりなりにも自分の所属するグループのライブに来る、と言っているんだからもっと喜んでくれてもいいと思うのは、私の押し付けなのだろうか。

「今はどんな練習してんの?」
「えー……フツウーのレンシュ―……」

焼却炉までの道のりを2人で並んで向かう。
四葉くんは相変わらず興味がないように私の質問に答えていた。
手元のゴミ袋が動気に合わせてガサガサと音を立てている。四葉くんの袋は、本人の気持ちを代弁しているようになんだか気怠そうな音になっている気がした。

「てか、こういうのいおりんに聞きゃーいいじゃん。仲いいだろ、いおりんと」

意外だった。
私の事を初めて知ったような口ぶりかと思ったけど、存在自体は認知していたようだ。
マイペースなように見えて、少しは周りを見ている人なのかもしれない。

「一織は何にも教えてくれないの。ちょっとだけどんな風に頑張ってるか知りたいだけなのになあ……」

思わず本音が漏れた。
近くにあるグラウンドからは練習している野球部の号令が響いていた。明るく輝かしい雰囲気の中、暗い事を言ってしまった事を少し後悔した。
ちらりと隣の四葉くんを見たけれど、何も言わず先ほどの私と同じようにグラウンドのある方を眺めていた。

「そうだ!ねえ、取引しない?」

空気をがらりと変えたくて、私はわざとらしく明るい声で言った。
四葉くんは私の方へと視線を向けた。まだ何かあるのか、そう言いたげな表情である。

「四葉くん王様プリンが好きなんでしょ?プリン1個につき、IDOLiSH7の情報と交換ってどう?」

事前に見つけていたIDOLiSH7のホームページを隅々までチェックしていた私は、彼が好きなものとして”王様プリン”を挙げていることを知っていた。
王様プリンは庶民に慣れ親しんだ程よい甘さのプリンだ。コンビニや学校の売店で手に入るし、何よりそんなに高価なものでもないから交渉にはうってつけだと考えたのだ。

「まじで!?」

四葉くんの目つきが変わった。
先ほどとは打って変わり、瞳がキラキラと輝いている。
突然の豹変ぶりにまた意表を突かれ、私は瞬きを何度か落とした。

「乗った!!あんた、いい人だな!!!」

四葉くん、こんなキャラだったんだ。
なんだ。全然喋りやすいじゃん。
あまりにも変わりすぎてちょっと驚いたけど、これから仲良くやっていけそうな気がする。



それから四葉くんと私の、王様プリンとIDOLiSH7の日常話を交換するという奇妙な関係が始まった。(私達はプリン同盟と呼んだ)
四葉くんから聞くIDOLiSH7の様子はとても仲良く楽しそうだった。
ライブ当日が近づくたび、まるで宝箱を開ける子どもみたいにワクワクした。



「みっちゃん、一織。ついに明日だね」

前日の夜。私は写真たての2人に話しかけた。
この頃の私はこんな日が来るなんて思ってもいないだろう。

みっちゃんの夢の第一歩が見れる。
そう思うと楽しみで仕方なくて、なかなか寝付くことが出来ないまま夜が更けていった。