行き詰った時には、決まってみっちゃんや一織がいた。
自分から話を聞いてと、相談に乗ってほしいと頼んだわけではないけど、どこからともなくやってきて、そっと寄り添ってくれる。
話を無理に聞き出すわけでもなく、言葉をかけすぎるわけでもなく、ただ側にいてくれた。
それがどれだけ私の救いになったか。2人の存在がどれだけ励みになったか。――……並大抵の言葉では言い表せない。
彼らは私のかけがえのない支えだった。
だから私も、2人が落ち込んだ時は見様見真似で側にいた。
みっちゃんみたいに心強い言葉は選べないから、一織みたいに綺麗な言葉は選べないから、音に思いを乗せた。
これが正しいかはわからなかったけれど、私にはこの方法しかなかったから。
「身体に異常はないって。だからきっとそのうち治るよ!」
いつも浮かべているはずの明るい笑顔が、やけに痛々しく思えた。
ピースサインを向けていても、私には泣いているように見えるから。
そう感じたのは私だけじゃないのは、周りの目を見れば明らかだった。
それでもモモちゃんは笑顔を浮かび続ける。
決してこれ以上崩れ落ちてしまわないようにと、自分をせき止めるように。
モモちゃんの歌声が出なくなった日から、2人の間に流れる空気が変わった。
ユキさんをみるモモちゃんの目は、とても辛そうで、悲しそうで、苦しそう。
もどかしそうに、何かを堪えて、揺らいでいるように見える。
けれどそれは、ユキさんも似たようなもので、
どうすればいいかわからなくて、歯がゆそうに、心配そうに、苦しそうな眼差しをモモちゃんに向ける。
声にならない互いの叫びがひしひしと伝わってくる。
どうすれば2人を支えられるんだろう。過ごしてきた年月もそう長くはないし、何をすれば励ませるのかはわからない。
ならば私は、私にできる事をしよう。
かつて幼馴染たちにしたように、してもらったように、2人の側にいよう。思いは音で届けよう。
これが正解かはわからない。けど何もしないのは嫌だった。
今の2人を――……特にモモちゃんを1人にはしたくない。
それから私は、しきりなしに2人について回った。
現場が異なる時はモモちゃんの方についた。
度が過ぎたストーカーっぷりに、「沙也、どこまでついてくる気?このままだとトイレやお風呂にまでついてくるんじゃ……!?」と冗談を混ぜた苦言が本人から漏れ出すほどだった。
まるでマネージャーのように学校が終わってすぐに現場へと向かい、何をするわけでもなくただ舞台袖で様子を伺う。
そんなことを続けているものだから、「モモちゃん、アイドルが女子高生に手を出すのはやばいんじゃない?」とスタッフの何人かに揶揄われたりもした。
それでもやめなかった。
これが今、私が出来る事――……すべき事だと思ったから。
「沙也、オレは大丈夫だからさ。無理についてこなくていいんだよ」
「無理なんてしてないよ!勉強したいの!芸能界の勉強!渡り方!モモちゃんの側にいると勉強になるの!」
「キミ、キーボードじゃなくて芸能人になりたいの?」
「と、とにかく!勉強になるから次の現場も一緒に……」
「OH!ミスターモモ、沙也。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね!」
片言の、でも流暢な聞き覚えのある日本語が私たちの間に割って入る。
声の主はまるで異国の王子様のように、胸元に手を当てて薄い微笑みをこちらに向けた。
「ナギさん!?」
「イエス。あなたの六弥ナギです」
慣れたように軽いウインクが飛んでくる。突然のファンサービスを間近に受け、驚いた私はモモちゃんの後ろに身を隠した。
刺激が強すぎる。文香じゃなくても直に受けたら倒れてしまうかもしれない。
「ナゼ隠れるのです?」とナギさんは不思議そうに肩をすくめるので、モモちゃんは笑って「大丈夫!ちょっとイケメンに当てられただけ!」と代わりに返してくれた。
「お久しぶりです。元気にしてましたか?」
「はい。ナギさんもお変わりないですか?」
「イエス。IDOLiSH7とここなのおかげで毎日健やかに過ごしています」
英語の授業で出てくる和訳の例文みたいだ。
恐る恐るモモちゃんの後ろから身を乗り出すと、ナギさんは二度目のウインクを投げたので、思わず反射で再び身を隠した。
「こらナギ!!おまえまたナンパして!!……って、モモさん?」
聞きなれた声にドキリとした。
モモさんが肩肘でこちらをつく。「前に出ろ」と促す様に。
「みっ、ちゃん」
「沙也?」
「久しぶり、だね!」
緊張して思わず声が上擦った。みっちゃんは大きな瞳を丸くしてこちらを見ている。
みっちゃんと話すのは『fonte chocolat』で会った以来だ。
彼が私との間に一線を引いたあの日以来。
別に喧嘩をしたわけでもないのに、なぜかやけに力が入っていた。
「みっちゃん、色んな番組に引っ張りだこで忙しそうだね。元気?」
「お、おう。別に……」
「この間の愛なnightみたよ!モモちゃんと一緒に面白いねって話して……」
「悪い。オレ、忙しいから」
「すみません、モモさん。失礼します」と、みっちゃんはモモちゃんに軽い会釈をして踵を返した。
少し丸まった背中は振り返る事なく、スタジオへと向かっていく。
まるで私を拒絶するように。おまえなんか見たくもないとでもいうように。
線ではない、大きなはっきりとした壁で隔てられた。
あまりにも突然すぎて、何が起こったのか呑み込めなかった。
「……沙也、大丈夫ですか?」
ナギさんの心配そうな声でやっと我に返った。
こちらを見るナギさんの瞳が小刻みにわずかに揺れている。
とても悲しそうな瞳だったから、なんだか胸が痛んだ。
「ミツキ、今はいつものミツキじゃありません。だから落ち込まないで」
「みっちゃんに何があったんですか?どうしてみっちゃんがあんな……」
自分で言いかけた言葉を押し込んだ。
両手に自然と力が入り、スカートの裾を巻きこんでいる。
私のバカ。どうして目先の1つの事しか考えられないのだろう。
少し考えればわかる事だというのに。あれだけ大きい声だ。彼の耳に届いても不思議ではないというのに。
「三月さんね、実はファンたちの間で悪く言われてて――……」
文香が言いにくそうに切り出したのは、記憶に新しいかった。
『君と愛なnight!』が放送されてから、みっちゃんのアンチコメントが増えたのだという。
「三月うざい。しゃべりすぎ」「もっと他の人映してほしい」「ほかのメンバーたちより劣ってるからって必死だよねw目立とうとしすぎw」「陸くんの会話遮ってまで話す必要なくない?」
たくさんの声にならない声が浮かんでいた。
スワイプしてもキリがないほど、憧れの人への悪意が詰まっていた。
見ていて気分が悪くなるコメントばかりだ。
きっとみっちゃんには届かないだろうと、勝手に高をくくっていたんだ。
なんてバカなんだろう。
前も週刊誌の記事で、あれだけ心を痛めている2人を見たのに。
簡単に目に入るSNSの声が、どうして届かないなどと思ってしまったのだろう。
彼が再び前を向かずに俯いているというのなら、私にできる事は――……。
「沙也!?」
バシン!!
甲高い音が響き渡った。モモちゃんも、ナギさんも目を見開いて、丸くして、私を見ている。
ジンジンと温かくなった両頬に、血が目まぐるしく巡っていくのがわかった。
ついでにダメージを負った両掌にも同じような速さで血が巡っていく。
沁みるような痛みを添えて。
「ナギさん、大丈夫!私、みっちゃんの首が痛くなるぐらい、顔を上に上げさせて見せるから!」
「……イエス。あなたが言うなら間違いありません。なぜなら沙也、実績があります。大変心強いです」
「でしょ!?」
こちらを制するように、頭に大きな手が降りた。
その手は赤子を撫でるように、優しく、繊細な手つきで私を撫でる。
「本当、頼もしいね」
モモちゃんは微笑みを浮かべる。
その顔つきは最近見せるような作られたものではない、一緒に山登りをしたときに見せてくれた本当の笑顔だった。
私が今している事は正しいかなんてわからない。
非効率的で、回りくどい事をしているかもしれない。
けれどその笑顔をみたら、少しはモモちゃんの力になれているかも、なんて、おこがましい思い上がりが浮かんで、釣られてはにかむのだった。