Let's トリチャレ!

「TRIGGERチャレンジ?」
「そう!略してトリチャレ!沙也知ってる?今めっちゃ流行っててさー!」

休み時間、クラスメイトの小林芽衣と田中美樹が寄ってきて、”TRIGGERチャレンジ”について語り始めた。
2人とは話はするけどとても仲が良いというわけではない、遠からず近からずといった距離感の友人だった。見た目に気を使っているのでヘアメイクはいつも完璧。今時のJKといえば彼女たちのような子を指すんだろうね、と文香と盛り上がったのは記憶に新しい。

見せられたのは最近流行りのSNS。キーボードやギター、ドラムスやベースといった、様々な楽器で曲を奏でていてる様子が動画でアップされていた。どれも人気アイドルグループ”TRIGGER”の曲を演奏しており、とにかく賑わっているという事だけが私にもわかった。

「沙也ピアノうまいじゃん?だからこういうの出来ないかなーって思って!」

なんでも2人は私に同じように”TRIGGER”の曲を弾けというのだ。頭の中が疑問符でいっぱいに埋まった。
なんで?私が?ファンでもない私がどうして?
美樹はそんな私の心情を察知したようで、少しだけ焦ったように口を開いた。

「実は近々ライブがあって、このトリチャレはライブを盛り上げるぞー!っていうファン達で流行ってるイベントみたいなもんなんだよね。TRIGGERファンじゃない人たちも注目してて、ますます盛り上がってきてるところなんだ!だから私達もその波に乗りたくて!」
「歌えばいいじゃん。2人とも結構うまくなかったっけ?」
「やったんだけど……こんな感じ」

『TRIGGER SECRET NIGHT 歌ってみた【全力で】』というタイトルを見せられたが再生回数は先ほど見せられた動画より今一つだった。コメント欄には「アカペラだと弱い」「せめて演奏つけたら?」などと淡々とした意見が並んでいる。
なるほど。だから私に演奏をさせようと考えたのか。
ようやく腑に落ち、頭の中の疑問符が大分減った。休み時間は残り20分に迫っていた。

「お願い沙也!この企画TRIGGERもこっそり見てるって噂があって……だからどうしても動画をバズらせたいの!」
「本当何でもするから!お願い!!」

2人は両手を合わせ、深々と頭を下げている。
あまりの圧に思わず怯んでしまった。そのぐらい気迫に迫ったお辞儀だった。
TRIGGERに自分たちを認知してほしい。その強い思いがひしひしと伝わってくる。

「いいじゃん。やってあげれば?」

話を聞いていたらしい文香がひょっこりと後ろから現れた。
文香の声に2人が顔を上げる。女神が現れた!そういいたそうな表情だった。

「ちょうど次音楽でしょ?ちょっと早いけど移動して、どんなもんかやってみなよ。沙也が軽く弾いた程度で2人が満足するなら、協力してあげれば?」
「うん!いい!それで全然問題ない!!」
「まじで助かる!ありがとう!!」
「じゃあうちら先に音楽室行ってるから!2人もすぐ来てね!」

芽衣と美樹は満面の笑みを浮かべ、教科書と筆記用具を持ち出してすぐに教室を飛び出した。
私は隣にいた文香を睨み付ける。文香は悪びれもなく「ごめんごめん」と軽く謝り、小さく舌を出していた。全く反省の色が見えない。

「文香のせいで引き受ける流れになったやったじゃん」
「別にいいじゃん。コンクールも一応終わったし、その場のアレンジ程度で弾けるレベルなら沙也のピアノ練習には影響しないでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
「はやくいこ!私もTRIGGERのピアノアレンジ聞いてみたいし!」
「……それが目的でしょ、文香」

文香は私の言葉が聞こえてない振りをして、そそくさと荷物をまとめ始めた。
はあ、と小さくため息を漏らして私も教科書と筆記用具をまとめる。手招きする文香のもとへとのろのろと向かった。
いまいち気乗りはしないけど、なぜか引き受ける流れになってしまったから仕方がない。



「曲はSECRET NIGTHT?」
「うん!今めっちゃ熱い曲ったらそれだからね!」

まるで自分が演奏するかのように文香が曲を確認した。
芽衣が慣れた手つきでスマートフォンから曲を流しはじめ、音楽室にリズミカルで重々しい曲が充満した。元々知っていた曲だったので、何回か確認したいところを繰り返し流してもらい、答え合わせをするように鍵盤へと指を落とした。


そういえば、昔もこうしてゼロの曲をアレンジして弾いたことがあったなあ。
みっちゃんがすごく喜んでくれて、私の演奏に合わせて歌ってくれるものだからすごく楽しくて、色々なゼロの曲をアレンジした。
みっちゃんがいない間は一織が付き合ってくれて、気づいたら3人で一緒に歌ったりもして。

芽衣と美樹、歌ってる。
2人とも綺麗な歌声をしていて、耳に心地よく入り込んだ。何よりそれ以上にとても楽しそうで、こっちもつられて顔が綻んでくる。
やっぱり楽しい。音楽って本当に楽しい。
たくさんの彩りで溢れる、素敵な世界。
早く踏み出したい輝かしい世界。



「もう予鈴、鳴ってますけど」

はっきりと淡泊な口調が私の指を止めた。
声の主は一織だった。その後ろには気怠そうに大きな欠伸をしながら四葉くんが見えた。
何事もなかったかのようにそれだけ言い、一織は自分の席へ向かって歩きだした。
四葉くんは私を見るなり「一号、まだ王様プリンもらってねーけど」とジトっとした目で言い、一織と同じように席に向かって歩きだした。
時計を見ると授業開始5分前だった。

「沙也!めっちゃうまいじゃん!!最高!!!」

美樹と芽衣は興奮気味で私に迫った。
あまりの迫力にまた気圧されつつ、鍵盤を軽く手入れして蓋を閉じる。
2人の目はキラキラと輝いていて、頬もピンク色に染まっていた。
その表情はどことなく昔のみっちゃんを彷彿とさせた。

「ちょーかっこいいよ!お願い!動画撮らせて!マジ何でもするから!」
「ライブチケット譲る以外だったら何でもする!!」
「チケットはいいって……」

2人は私を逃がすまいと、がっちりと肩を掴んできた。おかげで椅子から立ち上がれない。承諾しない限りここから動かさない。そう言っているようにも思えた。
心なしか肩を掴む力がどんどん強くなっていく。
JKの圧、マジ怖。
自分もそのJKのはずなのに狂気めいたものを感じ取ってしまった。

「わ、わかった……出るけど私ってわからないようにして!それが条件!!」
「おけまる!!」

とても爽やかな笑顔だった。
2人は浮足立ったような軽いステップで各々の席についていった。文香はすでに着席しており、我関せず、と言ったように教科書を眺めている。
文香、覚えておけ……。
そう念じながらにらみを利かせたが、教科書の表紙に浮かんでいる少女がにっこりと微笑み、私の嫌味を爽やかに往なしているようにみえた。