"こっちを見て"

友人がRe:valeに対する熱い思いを語り終えた頃には、外は色を変えていた。

「嘘!今日雨降るって言ってたっけ?」

鈍色の空に浮かぶ雲は重々しく、今にも雨を降らしそうな雰囲気だ。
急いで会計を済ませて(友人は宣言通りにご馳走してくれたので、財布を開く必要はなかった)カフェを後にした私たちは駅までの道を急いだ。
休日の道は賑わっていて、どれだけ急いでいても行く手を阻まれてしまう。

「ごめんね未来。長く話しすぎた」
「大丈夫だよ。まだ降ってないし。それに楽しかった」
「未来……!」

友人は嬉しそうに顔を綻ばせていた。
喜怒哀楽がはっきりとしているからか、まるでおとぎ話の絵本を開くような楽しさが友人との時間にはあった。
たとえ自分がよく知らないアイドルの話だったとしても、友人が話すだけでそれはとても魅力的なものに思えた。

「未来ありがとう!次はこの間雑誌に載ってたカフェに行こうね!おしゃれなパンケーキがあるらしいよ!」
「うん。おいしいといいな」

他愛のない話をしているとあれだけ遠かった駅が視界に入るほどの距離まで近づいた。
よかった。この調子なら濡れずにすみそうだ。
そう思った途端、私の意識は帰宅してから大学までの時間をどう過ごすかに移っていた。

明日は2限からだから少しゆっくり眠れるな。
父親の仕込みの手伝いでもしようか。
出された課題はすべて終えていたはずだけど、やり残していた物はあっただろうか。
今日は眠る前に友人にお勧めされたRe:valeの曲を聴こう。
そういえば最初に聴くならこの曲を、と強く勧められた曲名はなんだったっけ。

「あのさ、さっき……」



誰かが私の肩をそっと叩いた。
そう錯覚してしまうほどリアルな感触が私の肩を打った。

「うわ!あとちょっとで駅なのに!降ってきた!」

ぽつ。ぽつ、ぽつ、ぽつぽつ―――。
最初は大人しかった雨脚がみるみる強まっていく。
だけどそれは冷たくはなく、優しい感覚に思えた。

「未来……?」

不思議だった。
どうして自分がこんな事をしているのか。
私の意識とは関係なく、体が勝手にそうしていたのだ。



多くの人たちが駅への道を急ぐ中、脇目も振らずに私は立ち尽くしていた。
すれ違う人たちの肩がぶつかっても、まるで足から根が生えたかのようにその場から動かなかった。
雨に打たれながら、私はずっとビルに浮かぶ大型のモニターに目を奪われていた。

(あの色、だ)

モニターの中で歌い踊る3人の男の人たちは、軽快なステップを踏みながら微笑んでいた。
その動きは大胆でいて、どことなく色気があって。
こちらに向ける微笑みに目を逸らすことが出来なかった。



これもまた、不思議な話なんだけれど。
私の進行方向にモニターはなかった。
わざわざ振り向かないと見えない位置にあったのに、私は足を止めてまでそれを見入ってしまった。
見なければいけない。そんな切迫観念にも近い思いが私を襲ったのだ。
だって、誰かが私の肩を叩いたと錯覚した瞬間。

“こっちを見て”

そう、あの人の声が聞こえた気がして。
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