「楽しみに待ってますね」
同じ苗字の”七瀬さん”との再会は、あっという間にやってきた。
「あれ、キミ……」
先日病院を受診して幾日。
熱は下がり大体の症状は落ち着き、念のため受診した病院の帰り、のどを潤そうと立ち寄ったカフェに七瀬さんがいた。
どうやら七瀬さんも病院の帰りだったようで、同じ薬局のビニール袋を持っていた。
「風邪はよくなった?」
「はい。だいぶ落ち着きました」
「そっか。よかった!」
カフェは平日だというのに混んでいた。
七瀬さんは気を使ってくれたようで、置いていた荷物をどかして隣の席を空けてくれた。
私はありがたくこの好意を受け取る事にした。
「それにしても偶然だね!またこんなところで会うなんて」
「そうですね」
トレイの上のチーズケーキを1口分に切り口に入れた時、しまったと思った。
あまり社交的な性格ではない私は、友人のように初対面相手に対して気の利いた返答が出来るタイプではなかった。
素っ気なくしているつもりはないけれど、七瀬さんを不快にさせてしまったかもしれない。
恐る恐る隣の七瀬さんを横目で見た。
「そのチーズケーキおいしそうだね!」
少し拍子抜けをした。
七瀬さんは私の態度を気にする風でもなく、屈託のない明るい笑顔を向けていた。
内心胸を撫でおろしながら予備に取っておいたプラスチックフォークを開封し七瀬さんに渡した。
「よかったら1口どうぞ」
「え、いいの?」
「はい。ここのチーズケーキとってもおいしいんです。おすすめなので、よかったら」
「ありがとう!」
チーズケーキを1口含んだ瞬間、七瀬さんは一気に顔を綻ばせた。
口にせずとも”おいしい”という気持ちが前面に滲み出ている。
見ているこちらが気持ちいほどだ。
「本当だ!すっごくおいしい!七瀬さんはここ、よく来るの?」
「はい。喘息もちだったので、この間みたいに何かあると念のためここの先生に診てもらうようにしてるんです。今日みたいに体調がマシな日はこうして寄り道するんです」
「え?じゃあ小さい頃からここの病院に……?」
「いえ。高校の時に東京へ引っ越してきたので、それまでは田舎の先生に診てもらってました」
七瀬さんには不思議な魅力があった。
普通初対面の人にこんなに詳しい説明などしないのに、七瀬さんにはなぜだか話をしてしまった。
親近感がわきやすい、という感じだろうか。
「実は俺も似たような感じ。病院とはなかなか縁が切れないんだよね」
七瀬さんの笑顔に陰が下りた気がした。
その口ぶりからきっと、私なんかよりもつらい生活をしてきたのだろうという事が容易に想像出来た。
もしかしたら私の思い過ごしかもしれない。
でも、七瀬さんの横顔はとても寂しそうに見えた。
何ともいえないこの空気をどうするか悩みながらアイスティーを口に含むと、横目に鮮やかな色が入った。
黄色だ。
半分になった鮮やかな黄色と赤が白い皿の上にのって主張している。
「……七瀬さん、オムライス好きですか?」
「え?」
唐突な質問に一瞬驚きながらも、七瀬さんは自分のトレイに乗るそれを見て理解したようで、陰を拭うようにして笑った。
「うん、好きだよ。色んなお店行ってもオムライスがあるとついつい頼んじゃうんだよね」
「そうですか」
私はショルダーバックを開けると、名刺ケースを取り出した。
“drop”
英語でそう書かれたシンプルな名刺を七瀬さんへと差し出す。
「私の家、喫茶店をやっているんです。父の作るオムライス、絶品なのでよかったら1度いらしてください」
七瀬さんは大きな目をさらにまん丸くして、私と名刺を交互に見た。
おずおずと差し出した名刺を受け取り、裏面の地図を覗き見た。
「……ありがとう。七瀬さんのお父さんが作るオムライス、楽しみだな」
「はい。きっと七瀬さんも気に入ると思います」
「なんか……俺たちお互いに”七瀬さん”って、なんかおかしいね」
「確かにそうですね」
「えっと……未来さんって呼んでもいいかな」
一瞬どきりとした。
大学の同級生でも私の事を名前で呼ぶ男の子はいない。
ほぼ同世代の男の子に名前を呼ばれるなんて、小学校以来かもしれない。
しかもこんな顔立ちの整った人に言われる経験など、私には想定外の出来事だった。
「俺の事も陸でいいからさ!」
この間が照れ臭くなったのか、少し早口で七瀬さんは言った。
そんな様子が少しおかしくて、思わず口が綻んでしまった。
「はい、陸さん。オムライス食べに来てくれる日を楽しみに待ってますね」
陸さんは少し驚いたように目を開いたけど、すぐにまた人懐っこい笑顔を向けてくれた。
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