「友達にうまく話せるといいね」

「さっきの割れていたCDだけど、もう市場には出回っていないと思うよ」

お釣りの10円玉3枚を常連さんの手の内に収めたところだった。爆弾的な発言に私は青ざめた。
割れていたCDは残念ながら1枚ではなかった。少なくとも3枚はヒビが入っていたはずだ。

「あの……申し訳ないのですが、ちょっとだけよろしいでしょうか?」
「いいよ。さっき雨宿りさせてくれたし、ちょっとだけなら」

私は急いでバックヤードに戻り、先ほどのCDが入ったビニール袋を取った。CDをテーブルの上に並べ、まじまじと被害状況を確認する。(あまりの酷さに視界が歪んだが下唇を噛んで正気を保った)
私の記憶通り3枚のCDが割れていた。TRIGGERが1枚、 Re:valeが2枚、CD本体は無事だったが、ケースに大きなヒビが入っている。

「……やっぱりどれも初回限定版だ。CDショップを探しても見つからないね、きっと」

常連さんがいうには限定版のため特殊仕様になっているらしく、ただ新しいケースを購入して差し替えようにも難しいとのことだった。言われてみるとジャケット写真が差し込みでは無くプラスチックの板の間に挟まれていて、簡単に取れないようになっていた。また、ケースもただの透明色では無く仄かにラメが混じっているものもあり、初回のためだけに生産された特別な仕様だった。

とんでもないことをしてしまった。
友人になんて謝ればいいのだろう。申し訳なさと、友人の悲しそうな表情が簡単に想像できて、居たたまれなさでいっぱいになった。

「フリマアプリとかオークションサイトなら出品されてるかもね」
「フリマ……?オークション……?」
「キミ、本当に大学生?」

返す言葉もない。

「……いろいろとありがとうございます。すみません、突然引き止めてしまって」
「いいの?何も解決してないのに」
「そうですけど……代わりに同じものを買って返すにしろ、悪いのは私なので自分でどうにかしたいなって」

常連さんの目がレンズ越しに丸く見開かれたのが見えた。けどすぐに睫毛が降りて「そう」と小さく言った。ちょっとだけ目元が弧を描いていた。

「友達にうまく話せるといいね」

カランカラン、とベルが常連さんの声に被って鳴いた。外は雨が上がっていて、くもりから差し込んだ太陽が淡い桜色の髪を透かしている。店内からでもその光景はとても綺麗見えた。思わず見とれてしまい、父に声をかけられてやっと我に帰った。

綺麗なものだけで作られた人形みたい。
常連さんをみているとそんなことを思ったけれど、自分の空想じみた考えは一気に吹き飛んだ。
お皿の上に少しだけトマトソースが残っていた。玉子と一緒に掬いきれなかったのだろうーー……ソースはカトラリーで何度か掬い上げられた痕跡がのこっている。洗練された完璧なイメージとは違う、少しだけ子供っぽい一面が垣間見れた気がして、こんな些細な事に強い親近感が湧き、嬉しくなった。

そうだ。人間である限り誰一人完璧な人なんていないのだ、と。





後日、友人には素直に謝罪をして、割れたCDは新しいケースに入れて返却した。
どれだけ落胆させてしまうだろうと恐る恐る打ち明けたが、意外にも呆気らかんとしており、私の態度を見て大笑いしていた。
なんでも私が借りたCDは“布教用”というもので、同じ仕様のCDが既に2枚ずつあるらしかった。
友人の財政力の強さに慄いたが、黙っておくことにした。(友人はアルバイトを掛け持ちしてたくさんのお金を稼いでいた。その大半は趣味活動に消えるらしい……友人の熱意は凄まじかった)

「でもTRIGGERのCDはこれだけだったんだよね〜」
「え……」
「あ!違う違う!攻めてるんじゃ無くてね!」

友人は本日私が返却した袋からTRIGGERのCDを取り出してこちらに差し出した。
ディスクの印刷の光沢がチラリとこちらを照らす。

「これ、未来にプレゼントするつもりだったんだよ」
「え?どうして……?」
「だって好きになりそうな気がしたから!」

「私、そういう目は越えてるんだよね」と友人がいう。言われたままTRIGGERのCDを受け取った。
プラスチックケース越しにディスクをみると、胸がわずかに疼いた気がした。

「でも私……壊しておいてCDまでもらうなんて……」
「うん!そう言うと思った!だからもちろん、タダじゃあありません!ちゃんと働いてもらいます!」

友人はニヤリと怪しげに笑い、スマートフォンの画面を突き出した。
あまりにも間近にあるものだから見せつけたいであろう文章はよく読み取れない。

「私と一緒にテレビの観覧に行ってもらいます」

少し距離を取ると焦点が合い画面の文字の揺れが収まり形があらわになる。


『NEXT Re:vale 番組観覧のお知らせ』
『ゲスト TRIGGER』


情報がたくさんありすぎて思考がショートする私を気になど留めず、友人は鼻高々と自慢げな笑みを浮かべて仁王立ちをしていた。
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