スパイシースイートテースト




「爆豪くん、雄英合格おめでとう」

爆豪君は不機嫌そうに眉を動かした。
今にも噛みつかれそうな、威圧的な表情。
見た目ほど怖くはない人物である事を、中学3年間共にした私は知っていた。
言葉遣いや態度は決して褒められる様なものではないけれど、根は優しい人だった。

赤い瞳がまっすぐに私を捉えて離さない。
まるで魔法が掛かったのように、目を逸らす事が出来なかった。

「……俺だけじゃねえけどな」

爆豪くんは不機嫌そうに呟いた。
そうだ。幼馴染の緑谷くんも合格したんだ。
学校内では無個性の緑谷が雄英に受かった、なんて噂で持ち切りだ。
自分よりも注目を浴びているという点でも、爆豪くんは気に食わないのだろう。
ここ最近の爆豪くんはとてもつまらなそうに、苛立っているように思える。

「でも、すごいことだよ」

何の偽りも飾りもない、本当に思った事を言った。
下手に慰めようと気をつかって言葉を選んだとしたら、爆豪くんはきっと怒りだす。
爆豪くんは下手な嘘や取り繕いを見抜くのに長けている。
相当な自信家であると同時に、相当な努力家でもある爆豪くんはきっと、周りの評価や目を人一倍気にしているんじゃないかと思った。
口には出さないだけで。
他の人より強い自尊心を持つからこそ、きっと言えないんだろう。

「おめーだって第一志望受かったじゃねえか」
「ぎりぎりだったけどね」

苦笑する私。
何も言わず、ただじっと見つめる爆豪くん。
互いの胸元には、小さな赤色の花と『卒業おめでとう』という文字が印刷されたリボンが存在を強く主張している。

今日は私達の最後の登校日。
中学の卒業式だった。
2人で校舎裏の、人気のないところで座っている。
校舎からは別れを惜しむ生徒たちの声が響いている。

「今日で……爆豪くんと会うのも最後になるかもしれないね」

別に会えなくなるわけじゃない。
会おうと思えばいつだって会える。
けれど会う理由が私達にはない。

3年間クラスが一緒だっただけの、ただのクラスメイト。
ただ話しが少し合うだけの、友達。
それ以上でもそれ以下でもない。
こうして並んで座っている今も、私たちの間にある60cm程度の距離がそれを証明している。

「ねえ爆豪くん。最後に握手でもしよっか」

この空気を少し暖かいものに変えたくて、わざと冗談めいた事を言ってみた。
けれど、爆豪くんは眉1つ動かす事なく、先ほどと同様に私を見つめている。

お願いだから、あんまり見ないでほしいな。
折角の私の固い決心が、揺らいでしまいそうになる。

「……ねえ、さっきから黙ってばっかり。何か言うことないの?」
「お前こそしゃべりすぎだろうが」
「ご、ごめん……」

きっと爆豪くんはわかってる。
何か話していないと泣き出しそうな私を。
知っていてしゃべりすぎなんて制するのだから、辛辣だと思った。

初めて同じクラスになって爆豪くんに会った時、正直怖くてなるべく関わらないようにしたいと思った。
席が隣になった事をきっかけに、少しずつ話ようになって、私とは正反対の人なのに、なんだか気が合うなって思うようになった。

それから私が爆豪くんを好きになるのに、時間なんてかからなかった。

爆豪くんはプロヒーローを目指して、常に全力で前に進んでいる。
そんな人の手を掴んで引き留める勇気、私にはなかった。
いや違う――……そんな権利、私にはないのだ。

「おい、なんか喋れ」

さっきはしゃべり過ぎって言ったくせに、本当に自分勝手。
そんな憎まれ口を、いつもなら叩けるのに。

「…………」

涙が邪魔をする。
最後までこらえていたそれは、たった1粒流れ出したと同時に堰を切って溢れだした。



こんな最後は嫌なのに。
笑顔でまたねって、言いたかったのに。

「名前」

爆豪くんが60cmを10cmに埋めた。
ふわりと、爆豪くんの匂いがする。

ずるいよ。
普段は私の事、名前でなんて呼ばないくせに。
普段はこんなに、近くに寄ったりなんてしないくせに。

「幸せにしてやる。だから、俺の事も幸せにしろ」

爆豪くんの力強い物言いに、驚いて口を開けてしまった。
やっぱり変だ。
普段はこんな事、口が裂けても言わないのに。

「……プロポーズみたい」

率直な感想を零した。
「うっせえ」そう呟いて、爆豪くんが10cmを0cmに埋める。
さっきよりももっと強い彼の匂いが、私の鼻先を刺激する。

「返事」

ぶっきらぼうに、乱暴な言い方で爆豪くんは言う。
けれどその言葉の端に、ほんのりと優しく甘い雰囲気が混じっている。
それがなんだか嬉しくて泣きながら私は笑う。

「頑張ります」

私の言葉に、爆豪くんの口元が横一直線から三日月型の弧に変わった。
目元はつりあがってるのに、眉は少しだけ下がっている。
今まで見た中で一番優し気で、たおやかな笑顔だ。

「死ぬ気で頑張れ」

爆豪くんの唇に盛られる辛い言葉。
今の私にとっては、それはまるでショートケーキのように飛び切り甘いものに思えた。