誰かを想う横顔




「うん!かわいい!すごい似合ってる!」

クラスメイトの麗日お茶子が、満面の笑みで親指を突き立てる。
その清々しさは、あのオールマイトにも匹敵するほどだ。

「本当に?変じゃない?ちょっと気合入りすぎてるとか思われない?」
「そんなこと思わんって!むしろ轟くん、喜ぶ!絶対!」

轟くん。
その名前を聞くだけで一気に頬が熱くなった。
「あ、名前照れてる」
お茶子のその言葉でさらに熱が上がった。

「でも轟くん、きっと私のことなんて……」
「普通、なんも思ってない子と初詣なんて行かへんって!」
「そうだといいけど……」
「ほら早く!遅れちゃうよ!」

お茶子に急かされ、急いでコートとマフラーを手に取る。
玄関の扉を開けば少し冷えた空気が先ほどの火照った頬を撫でた。
反射的に肩に力が入る。

「行ってらっしゃい!」
「うん。ありがとう、お茶子」
「楽しんで!お土産はおもちでよろしく!」

お茶子に見送られながら、待ち合わせの場所へと急いだ。
その間にも、ショーウインドーや窓ガラスにふと映る自分の姿を見る。
普段はこんなにも自分のことを意識などしないのに。

前髪、いつもより分け目ちょっとずれてる。
タイツを履いているけど、やっぱり足は出さないほうが良かったかな。
このコート、おかしくないかな。
マフラーの巻き方、もうちょっと変えたほうがいいかな。

よく目を凝らしてみないとわからないような、些細なことが気になって仕方がなくて。
薄くした化粧でさえも、似合っているのかどうか不安になる。

「ごめん!轟くん!」

待ち合わせ場所にはすでに轟くんがいた。
私を見て、操作していたスマートフォンをポケットにしまった。
普段とは違う、私服姿の轟くんはいつも以上にかっこよく見える。
なんだか直視できなくて、少しだけ視線をはずした。

「い、行こっか」
「ああ」

2人で神社までの道のりを歩く。
周りには私たちと同じように、神社に向かって歩いているであろう人たちでにぎわっている。
小さな子供を連れた家族。
楽しそうに笑いながら歩く女の子のグループ。
仲良さそうに手をつなぎあう、カップル。
私たちは、はたから見たらどのように映っているんだろう。

「苗字、誘ってくれてありがとな」
「う、うん!こちらこそ、来てくれてありがとう!」

本当に、ありがとう。
心の中でそっとお礼を言った。

クラスメイトの轟焦凍くん。
初めてのヒーロー基礎学で彼のの雄姿を見てから、気が付けば目で追うようになっていて。
これが恋なんだと自覚したのは、期末試験の時だ。
初めての恋でどうすればいいかもわからず、少し話せる友達、というポジションをずっと続けていた。
そんな時、一番仲のいい友人であるお茶子が言ったのだ。

「このまま2年生になっていいん!?」

その言葉に背中を押され、どうにか初詣を一緒に行く約束を取り付けた。
轟くんが行く、なんて返事をくれると思っていなかった。
返信メールを10回以上は見て、嘘じゃないんだと何度も自分に言い聞かせた。

それからお茶子と一緒に服を選んでもらって、雑誌やネットで調べたメイクやヘアアレンジを練習して……。
ヒーロー科に所属している分、普通の女子高生からは少しかけ離れた高校生活を過ごしているので、こんなにおしゃれをすることなんて滅多にない。
普段とは違う自分が鏡に映るたび、不安な気持ちがどんどん押し寄せてくるのだ。

「苗字……普段と雰囲気違うな」

神社の参道が見えてきた頃、轟君がぽつりと言った。
その言葉に、私の心臓は一気に跳ね上がる。

「やっぱり、変、かな……」
「いや。変じゃない」

轟くんの言葉にそっと胸を撫で下ろした。
変じゃない。そう言ってもらえただけで、胸がいっぱいだ。

神社の鳥居を潜って、参道に入る。
人が多くて、気を抜くと轟くんとはぐれてしまいそうだ。
不安になり、私は咄嗟に轟くんのジャケットの裾を掴んだ。
轟くんは一瞬、驚いたように目を見開いている。

「ご、ごめんなさい!」

その反応を見て、また咄嗟に手を離した。
もしかして、引かれたかも。
付き合ってもないのにこんなことするなんて、やっぱり非常識だったんだろうか。

「……いや。大丈夫だ」

そういって轟くんは少しだけ左腕を私に近づけてくれた。
これはまた掴んでいいっていうことだろうか。
轟くんは私から顔を背けているから、表情が読み取れない。

「し、失礼します……」

遠慮がちにまたジャケットの裾を掴んだ。
直接触れているわけでもないのに、とても緊張する。
轟くんが進むたびにジャケットが少し動いて、私はそれに連れられて行く。
手を繋いでる感覚って、こんな感じなのかな。
そんなことを考えたら、また一気に頬が熱くなった。

「苗字って好きなやついるのか」

本殿が近づいてきた頃、思いもよらない質問が来た。
また心臓が跳ねる。
ドキドキ、というより、バクバクっていう感じ。

「……い、ます」

精一杯の返答だった。
ジャケットの生地が擦れて音が鳴る。
私の手の力が自然と力んでいたみたいだ。

「轟くんは?」

あ、やばい。
私今、絶対顔が真っ赤なのに、思わず轟くんの方を見てしまった。
一瞬目が合ったけど、轟くんは視線を私から遠くの本殿に移した。

「俺も、いる」

その言葉に、また心臓が跳ね上がった。

それは誰ですか?
そう聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ち。
矛盾した感情が私の中で渦巻いている。

「そっか……」

気づいたら、本殿が目の前に近づいていた。
多くの人たちが小銭を賽銭箱に投げ入れて参拝をしている。
私はジャケットから手を離して、鞄の中から財布を取り出して参拝に備える。
隣で轟くんも同じように財布を取りだした。

小銭を投げ入れ、2回お辞儀をした。
パン、パン。
手を叩く、甲高い音が響く。



神様、どうかお願いです。
どうか、轟くんの姿をもう少しだけ。
少しだけ、近くで見ていられますように。



そっと、横目で轟くんを盗み見る。
長いまつげが頬に下りていて、少し長い前髪が鼻筋にかかっていた。
かっこいいなあ。
轟くん、好きな人がいるって言ってた。
こうして私が轟くんのことを思ったように。
轟くんも今、こうして誰かのことを思っているのだろうか。

「……あっ」


彼の睫毛は上がり、瞳が私をとらえた。
目が合った私たちは咄嗟に視線を外す。
頬がまた熱くなったのが分かった。

「い、一礼しなきゃだね」

2人で頭を下げて、人ごみの中を抜けていく。
先行く轟くんの背中をみて、また勇気を出してジャケットを掴む。
轟くんの肩が一瞬上がったように見えたけど、すぐに元の位置に戻った。

「苗字、何のお願いをしたんだ?」
「確か、お参りの内容って他の人に言っちゃいけないんじゃ……」
「そうなのか」

「知らなかった」そう言って轟くんは私の方を向いた。
ちょっとだけ、口元が弧を描いているように見える。
初めて見るその表情に、私の心臓はまたどきりと跳ね上がった。

「あの、おみくじ引きませんか?」
「ああ。あっちか」

進もうとしたけど、何かを思い出したかのように轟くんは動きを止めた。
何か言いたそうに、じっと私の方を見つめている。

「はぐれるといけねえから……」

轟くんは小さな声でそう言って、私の手首をつかんだ。
そしておみくじの場所へとまた、人ごみを掻い潜りながら進んでいく。
轟くんの少し熱い体温が直接伝わってくる。
信じられない出来事に、私は引かれていく腕をただ見ることしかできなくて。

おみくじなんて引かなくても、今年はきっと大吉だ。
そう思いながら、さっきの綺麗な横顔を思い出す。
今度は胸がぎゅう、と締め付けられた気がした。