ピュアホワイト・クラスルーム




爆豪勝己はこじらせていた。
幼い頃から大抵の事は何でも出来て、”個性”にも恵まれた。
それ故に、彼のプライドは山のごとく高くなり、自尊心でゴテゴテに固められた男となった。
雄英高校に入り、井の中の蛙だった事を、身をもって知り、幾らかはマシにはなっていたが。
しかし、ある特定の分野では、それは改善されないままだった。

「おい邪魔だ。どけブス」

高校1年生とは思えない稚拙な悪口を爆豪は吐いた。
お前その言い方はないんじゃね?
隣で切島が爆豪をなだめる。

「ごめんね。今どくね」

爆豪の暴言など気に留めず、少女は笑った。
その様子になぜだか切島の胸が痛み、ひどい罪悪感に襲われた。

苗字名前。爆豪と緑谷とは小学校頃からの付き合いであり、雄英高校でもクラスメイトとなった。
特徴的な容姿はしておらず、どこにでもいそうな女子生徒。
普通。この言葉がしっくりくる。
だが誰に対しても優しく、ふんわりとした口調で話す苗字は1-Aでは人気だった。
完結に言うと、男にもてるタイプだった。

苗字はロッカーから荷物を取り出すと、扉を閉めて道を開けた。
爆豪と切島に明るい笑顔を向けて。

「はい、お待たせ。勝己くん、邪魔してごめんね」

キュン。
切島の胸が鳴る。
そんな切島に気づくことなく、苗字は近くにいた蛙吹のもとへと去って行った。
ふんわりと、甘い香りを漂わせて。

「梅雨ちゃん、はいどうぞー」
「ありがとう。素敵なラッピングね」
「うん。頑張ったのー」

2人のやり取りを見ていて切島が思い出したように口に出した。

「そうか。今日バレンタインじゃん」

朝から峰田がそわそわとやけに忙しないと思っていたが、これが原因かと切島は納得した。
爆豪は一度苗字を見て、そのまま当初の目的であったトイレへと向かう。
その後ろを切島が追う。

苗字はモテる。
それは1-A周知の事実だった。
だが1-Aの男子を始めとし、他の男子達も誰も告白はしなかった。
もう1つ、暗黙の了解ともいえる、目に見えてわかる事実が存在したからだ。

「……くだらねえ」

このくだらないと発言した爆豪勝己こそ、誰よりも苗字に惚れていた。
粗暴な態度は褒められたものではないが、苗字に対する好意に関しては、皆が口をそろえて言った。

応援してあげたくなる、と。

それほどに爆豪は恋愛に関しては奥手でピュアだった。
好きだからこそ素っ気なく、暴言を吐いてしまう。まるで小学生のようだ。
だがそんなピュアな一面を見て、普段とのギャップに皆が胸を打たれたのは言うまでもない。

もちろん、傍にいる切島もまたそんな爆豪の理解者のうちの1人だった。
たぶん、クラスの中で誰よりも爆豪の恋愛を応援しているだろう。
切島は熱く、誰よりも友達思いだ。
とても性格がいい。

「爆豪、お前甘いの駄目なんだっけ?」
「あ?……あー」

用を足しながら、爆豪は天井を仰ぎ見た。
何かを思い出しているのだろう。
その整った横顔を見て、切島は心の中でため息をつく。

こうして見りゃ、普通にイケメンだもんな。

きっと爆豪にとってバレンタインはあまりいい思い出がないのだろう。
好きじゃない女からたくさんチョコをもらったとか、きっとそんな思い出でもあるのだろうと切島は予測した。
自分ももらった経験がないわけではないが、爆豪ほどではないだろう。
一度はモテてみたい。
男なら誰もが抱く淡い願望だった。

「やっぱもらうなら本命からもらいたいよな」

切島の言葉に爆豪は答えなかった。
その様子に切島は先ほどの予測はあながち間違いではないのだと思った。
2人でトイレを後にし、再び教室へと戻る。
扉を開けると先ほどよりも甘い香りが充満しており、2人は思わず顔を顰めた。
女子同士が集まり、それぞれがラッピングした袋を交換し合っている。
遠くではその様子を峰田が恨めしそうに見ていた。
ギリギリと歯ぎしりを立てる音まで聞こえてくる。

「あ!切島くん、爆豪くん!これ1-A女子から!」

麗日は2人見つけると、チョコレートが入ったケースを持って近づいてきた。
プラリネチョコレートとガナッシュチョコレートの詰め合わせ。
先に何名かに配ったのだろう。所々空になった枠が目に入る。

「おお!サンキュー!」

切島は1粒取り、口に入れた。
義理だとしても、貰えるのはやはり嬉しい。
少し浮かれながら、口内に広がる甘さを楽しんでいた。

「俺はいい」
「え?爆豪くん、甘いのだめなん?」

爆豪は受け取ろうとしなかった。
麗日は不思議そうに爆豪見る。
麗日の予測通り、爆豪はあまり甘いものを好まなかった。
それもあり、バレンタインは少し苦手な行事となっていた。

「ええ?そんなことないよねえ?」

漂っていた少し気まずい空気を一掃するように、ふんわりとした口調の声が割って入った。
ひょっこりと。
顏だけ覗かせるように、麗日の背後から姿を現した。
苗字だ。
わざとではなく、ごく自然に上目遣いで爆豪を見る。
ああ、落ちたな。
切島は思った。
爆豪は固まっている。

「勝己くん、チョコだけは食べれるもんね?」
「え、そうなん?」
「そうなの。だから私、毎年勝己くんにだけは手作りチョコ、渡してるんだあ」

もちろん、今年も作ったのー。
そう言い、苗字は可愛らしく仕上げられた包みを差し出した。
先ほど蛙吹に渡していた物よりも、心なしか包みが大きいように見える。

「はい、勝己くん。いつももらってくれてありがとうー」

爆豪は乱暴にその包みを取り上げた。
苗字はにこにこと笑ったまま、爆豪を見つめている。

「おいブス。来年はもっとでかいの用意しろ。毎年しょぼいんだよ」
「ごめんね。食べやすい方がいいかなって思って一口サイズにしてた。来年はもっと頑張るね!」

爆豪は振り向くことなく、そのまま自分の席へと向かって歩いていく。
切島は先ほどの爆豪の横顔を思い出し、自分の予測が違っていたことに気づいた。
爆豪は毎年本命からチョコをもらっている勝ち組だったのだ。
あの横顔は、苗字を考えていた顔だったのか。
切島はただ1人納得した。

一方でクラスメイトは2人のやり取りに注目していた。
そんな様子に気づくことなく、苗字がまたにこにこと笑って言う。

「勝己くん、いつもわたしの好きなアイシングクッキーをお礼に作ってくれるの。私、それが大好きなんだあー」

特にクマさんの形のがかわいいんだよー。
ゆったりと前の言葉を補足する声はクラス中に響き渡る。

甘いものが苦手な爆豪が苗字のチョコだけは受け取って食べている。
(しかも大きいものにしろとまで言った。)
律儀にも、お礼に好物のクッキーを作っている。
(苗字の口ぶり的に、毎回手作りなのだろう。)

爆豪の新たな一面を垣間見て、クラス中がまるで小さな子供を見るかのような暖かいまなざしで爆豪を見た。
その空気を敏感に感じ取り、爆豪はキレた。
苗字はそれに気づくことなく、またにこにこと笑っている。

「勝己くん、なんだか嬉しそうー」

わかっているのか、わかっていないのか。
苗字の発言を聞き、爆豪は耳だけ真っ赤にした。


ちなみにこのやり取りが卒業まで繰り広げられることになることは、まだ誰も知らない。