「やっぱりやめようよ。私、似合う自信ないよ」
「何言ってんの。私と八百万さんがせっかく作ったのに、その努力を水の泡にするってわけ?」
2-Aの脱衣所。
ここには今、1-Aと2-Aの女子が全員顔を揃えている。
期末試験を合同でやった好で、お疲れ様会をやろうという事になっていた。
ちなみに発案は意外にも、この七絵だ。
(担任と相澤先生の許可ももらっているらしい。用意周到すぎる。)
「ほら早く着つけてあげるからTシャツ脱ぎな」
そして今は――七絵と八百万さんが作り出した浴衣をみんなで着付けている最中。
他の子たちはほとんど着付けを終えて、残っているのは私と麗日さんだ。
「奏出さん、浴衣は初めてなんですか?」
「うん。今まで着る機会もなかったし」
「じゃあ、轟君絶対喜びますね!」
「いや……あんまり興味ないと思う」
彼と過ごしてきた今までの事を思い返す。
新しい服を着ても、髪型をアレンジしても、彼に褒められた事などほとんど皆無に等しい。
だからこそ、以前にポニーテールを褒めてもらえた時はすごく嬉しかったのだ。
期待するだけ無駄だ。どうせ、何も言われなかったなんて落ち込むのが目に見えてる。
「そんな事ないですって!自信持ちましょ、っ!」
ほぼ同じタイミングで、八百万さんと七絵が私たちの帯をきつくしめた締めた。
その反動で、2人してうっ、と小さく声が漏れる。
「完成ですわ」
「こっちも完成」
2人で鏡を覗き込む。
綺麗に着付けられた浴衣を見て、不思議と心が躍った。
「じゃあ先に行ってて。私たちもこれから着付けするから」
「麗日さん。頼みましたわ」
「オーケー!じゃあ先行ってるね!」
準備が出来た子たちから1-Aの寮の前に集合という事になっていた。
最後の組だった私と麗日さんは一緒に2-Aの寮を出た。
慣れない、ぎこちない下駄の音が交互にコンクリートを鳴らしている。
「奏出さんと轟君って本当仲がいいですよね」
「そ、そうかなあ」
「はい!もう学校全体の公認カップルです!もうみんなからしたら、羨ましー!ってかんじです!」
麗日さんの和やかな笑顔に、少し照れ臭くなった。
けれど少し、引っかかるような違和感を感じる。
「麗日さん、もしかしてちょっとだけ悩んでる?」
ただでさえ大きい麗日さんの目が、更に大きく見開かれる。
そして少し遅れて、頬が桃色にほんのりと染まった。
「いやーなに言ってるんですか!悩んだりなんか……別に……そんなんじゃ……」
だんだん小声になり、口ごもるその態度はとても愛らしい。
なんだか胸が温まる。そっと背中を押してあげたくなった。
「麗日さん。浴衣、とっても似合ってるよ。自信をもって!」
好きな人がいるとか、気になってる人がいるとか。
そういう事を言われたわけじゃないけど、今の麗日さんに必要なのは自信を持つ事だと思った。
私の言葉に、麗日さんは照れ笑いを浮かべる。
「奏出さんもすっごく似合ってます」
「ありがとう。嬉しい」
2人で浮かべる、照れ笑い。
気が付けばもう1-Aの寮まで来ていた。
先に着いていた生徒たちで、なにやらもう盛り上がっている様子だ。
「きた!麗日、花火やろーぜ!」
「わああ!やるやるー!!」
麗日さんは呼ばれて嬉しそうに駆け出す。
その後ろ姿を眺めながら、ゆっくりと歩いて賑わう中心へと近づいていく。
「轟!こっちにも火つけて!」
彼がいた。
芦田さんの声に、ゆっくりと近くにあった蝋燭に火を灯す。
橙色の優し気な色合いの炎が揺れる。まるで映画のワンシーンように煌めいて見えた。
「彩海ー!なにそんなところで突っ立ってんのー?一緒に花火やろうよー!」
クラスメイトに呼ばれ、ふと我に返る。
そして同時に、私の名前を聞いて反応した彼と目が合った。
どきり、と。
心臓が大きく跳ねる。
「……ごめん!おまたせ!」
何も言わず、彼の隣を通り過ぎてクラスメイトの許へと向かった。
1本の蝋燭を取り囲むように、1-Aの男の子数人と、クラスメイトの女子4人が集まっている。
それぞれの手には花火が準備されていて、1人が火を灯すと勢いよく煌びやかな火花が舞った。
その光景を見ながらも、私の意識は真後ろに集中している。
彼がいる。
真後ろに、私の好きな彼がいる。
背中合わせに立ち並んでいる。ただ、それだけ。
自分で言ったのに。
期待するだけ無駄だって。
「彩海ー?花火やんないの?」
「ご、ごめん。また後でやる」
耐え切れなくて思わず逃げ出してしまった。
人気の少ない寮の裏側に回って、必死に自分を落ち着かせようとする。
けれど心臓は相も変わらずうるさく脈打っている。
「彩海」
聞きなれた声に、私の心臓はまた大きく跳ねた。
苦しい。とっても胸が、痛むほどに苦しい。
「……焦ちゃん」
追ってきてくれたのだろう。
彼はさっきと同じ目つきで私を見据えている。
その顔つきを見ていると、なんだか泣きそうな気持になった。
「変、だよね……」
ただ浴衣を着ているだけ。
普段とは違う格好をしている、それだけなのに。
どうしてこんなにも彼の気持ちが気になってしまうのだろう。
バカだと思う。甘い言葉を期待している自分が。
情けないと思う。彼の言葉を恐れている自分が。
自信がなくて、自然と視線が地面に向いた。
「……似合ってる」
その言葉の威力は凄まじいものだった。
周囲から聞こえていた、にぎやかな声はどこかへ一気に吹き飛んだ。
俯いていた顔が、ゆっくりと再び彼の方へと向いていく。
何の変哲のない、飾り毛のない言葉。
それは私が一番に求めていたものだった。
admire
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