最近、自分が変だ。
「轟君、どうしたの?」
隣から聞こえた声に顔を上げると、緑谷が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
近くにいた飯田も、どうかしたか?なんて言って俺の方へと視線を送る。
「ちょっと考え事してた」
「個性の事?」
確かに個性の事も考えていた。
だがそれは訓練でどうにかカバーできそうだし、そんなに大きな悩みではない。
「そんな事より、もっと楽しい話をしようぜ」
俺が緑谷に答えようとしたが、峰田の声によって遮られる。
周囲にいた男子たちは、皆峰田の方を見た。
ちなみに今は寮の共同スペースで羽を伸ばしている。
なぜか女子の姿は見当たらない。女子だけでどこかに行っているのかと思った。
「どんな話だよ」
「そりゃあ男たちで集まったら……恋バナだろ」
「お前は女子かよ」
峰田の発言に切島が呆れていた。
「ただの恋バナじゃねえぞ。もっとディープな話だ」
「要は下ネタが話したいだけだろ」
「いかんぞ!高校生らしい、健全な話をするべきだ!」
再び切島が呆れたように言った。
飯田は顔が少し赤くなっている。隣の緑谷もだ。
「高校生なんだ。下ネタの1つや2つ、話せねえほうが不健全だっつーの」
なあ、上鳴。
そう峰田に振られた上鳴はああ、と軽快な相槌を打った。
他の奴らはただ黙って、峰田の言葉に耳を傾けている。
「で、どうなんだよ?」
峰田は俺に目配せをする。周りの視線が一気にこちらへ集中した。
突然話を振られた事に驚き黙っていると、峰田はげんなりとした表情で口を開けた。
「何きょとんとしてんだよ。奏出さんの話に決まってんだろ!」
彩海の名前が出て、まるで図星を突かれたかのような気持ちになった。
ここ数日、俺が考えていたのは紛れもない、彼女の彩海の事だ。
上鳴は、奏出さんみたいな彼女欲しー、と零していた。
やらねえよ。そう心の中で密かに牽制した。上鳴が気づいている様子はない。
「奏出さんとどこまでいったんだよ!」
「……木椰区のショッピングモールまで行った」
「へ、へえ!行ったんだ!あそこ広くていいよね!」
「そうじゃねえよ……」
峰田は再び、げんなりとした表情を浮かべていた。
緑谷は少し焦ったように、早口で木椰区のショッピングモールの話をしている。
切島は俺と峰田の顔を交互に見て苦笑している。
「違えって。場所の話じゃなくて付き合いの進行の話。チューはしたんだろ?」
今度は上鳴が俺に話を振った。
自分が言われているわけでもないのに、緑谷が顔を真っ赤にして押し黙った。
周りのクラスメイト(そういえば爆豪が見当たらない)の視線が、俺に集中している。
「……ああ」
俺のその一言に、周りが息をのんだのが分かった。
緑谷はさっきよりも、更に顔が赤くなっている。
ただ1人、上鳴だけは余裕そうに口笛を1つ吹いて囃し立てている。
正直、この話題が終わってほしいと思った。
どうして、よりによってこのタイミングで、彩海の事を話さなければならないのか。
俺は今、あいつの事で悩んでいるのに。
「そろそろこの話やめようぜ!な!」
気をつかってくれたのか、切島が話題を切り上げてくれた。
それに賛同するかのように、尾白や瀬呂が今日の鍛錬を振り返り始める。
「轟君?」
「悪い。ちょっと席を外す」
気分転換がしたくなった。
1人で静かに考えたくなった。
外に出れば、空は藍色に変わっていた。
小さな星屑が煌めいていて、俺はその様子をただ眺めている。
“……きゃっ”
なぜあんなことをしたのだろう。
脳裏に浮かぶのは、彩海が寮に来た日。俺の部屋での出来事。
偶然倒れ込んできたあいつを、気が付けば床に押し倒していた。
どうにか何も起こらずに終わったが、俺は気づいていた。
あの時、自分が本能的に動いてしまった事を。
男として、彩海を押し倒した事を。
最低だ。彩海を守ると、大切にすると自分で言ったくせに。
やっていることはただのエロガキと同じだ。本能に従って動いている猿と同じだと思った。
あの日から俺は、このような自己嫌悪のループに陥っている。
「……轟?」
名前を呼ばれ振り返れば、見知った顔が飛び込んできた。
2-A 稲妻雷光。雄英体育祭で彩海の事を好きだと断言した男。
正直、あまりいい印象はない人だ。
「どうした?なんか悩み事か?」
少し拍子抜けをし、はあ、と思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
以前感じていたような、刺々しい雰囲気は一切感じられない。
むしろ人当たりがいい、穏やかな人物に見える。
数か月前とは、まるで別人だった。
「さては奏出の事だな?喧嘩でもしたのか?」
自分から俺に彩海の話を振ってきている。
俺が呆気にとられていると、稲妻さんは突然笑い始める。
「悪い、そりゃ驚くよな。俺から奏出の話がでりゃあな」
稲妻さんは1つため息をついて空を仰ぎ見た。
鼻筋の通った横顔に、なんとなくこの人はきっと人気がありそうだと思った。
「確かに俺、奏出の事好きだったけどさ。轟といる時の奏出を見てたら諦めがついたって言うか……」
視線を俺に戻して、稲妻さんはまた笑った。
「だって奏出、轟の事めっちゃ好きじゃん」
入り込む余地ねえよ。
そう付け加えて稲妻さんは頬をかいた。
「だからなんつーか……2人の事応援しようって思ったんだよね。こんな俺に話すの嫌かも知んねーけど……悩んでるなら聞くぜ?」
少しは役に立てるかもしんねえし!
そう言ってまた稲妻さんは笑う。
なんて器のでかい人なんだ。
俺が逆の立場だったらこの人のように振る舞うことは出来ない。
俺はそんなに出来た人間じゃねえ。
この人になら話せる、そう思えた。
気が付けば驚くほど自然に、気負いなく稲妻さんに相談していた。
稲妻さんは笑ったりもせず、真剣に俺の声に耳を傾けている。
しばらくして、稲妻さんは真面目な顔つきで俺に言った。
「それってさ、別に悪い事じゃねえと思うよ」
キツネにつままれた気持ちだった。
思いもよらない言葉に、俺はただ目を丸くする。
「男だったら普通だろ。好きな女に盛って何が悪い!むしろ轟がちゃんと奏出の事好きな証拠じゃん」
「そういうもん、すか」
「そういうもん、っす」
稲妻さんがふざけて俺の口調を真似するものだから、つられて笑ってしまった。
そんな俺を見て稲妻さんもまた嬉しそうに笑う。
「ただ俺たちはまだ学生だし、責任は取れねえからそこは考えなきゃなんねえけど……。あと、奏出が嫌がってるかどうかも、な」
「そこは大丈夫だと……思います」
「大丈夫なのかよ!!」
分かってたけど、地味にショックだわー!
そう言い、大げさに稲妻さんは肩を落とした。
「元々の付き合いは長いんだろうけど、まだ付き合ってからそんなに経ってねえし、色々とまあ……ゆっくりいけばいいんじゃね?」
この人は俺よりもはるかに大人なんだと思った。
なんだか自分がちっぽけな人間に感じる。
このままじゃいけねえ。個性も。恋愛も。
俺はもっと成長していかなくちゃいけない。
「なんか吹っ切れたみたいだな」
「はい」
この人に話してよかったと思った。
先ほどまで悩んでたのが嘘のように、晴れやかな気分だ。
「よし。じゃあ思う存分、この後も楽しもうぜ!」
「この後?」
「あれ、聞いてねえの?」
稲妻さんは爽やかな笑顔を浮かべる。
指を指した場所には、2年生の男子生徒たちが集まっている。
「これから超楽しい事、あんだよ!」
じゃあまたあとでな!
そう言い、俺の許から去って行くと同時に、寮からクラスメイトの男子たちが次々に姿を現す。
何かが始まろうとしている、という事だけは明白だった。
boy's talk
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