「どうしたの、彩海?また誰かにいじめられたの?」
「おかあさん……あのね、彩海って人魚だから……みんなをフコウってのにしちゃうんだって……」
「不幸?」
「彩海が歌うと、フコウってのになるんだって。だから焦ちゃんもきっと、悲しいんだよ……」





昔の思い出。
大泣きしながら母を困らせた記憶が、夢に出てきた。
どうして今さら、こんな昔の事を夢に見るんだろう。

「……変なの」

早々と準備を済ませ、寮の扉を開けた。
刻々と近づいている仮免試験のために、早起きをしてランニングをするようにしている。
Tシャツとショートパンツで出てきて正解だと思った。
まだ早朝だというのに、徐々に気温は高くなっている。
個性の特性上、暑さや乾燥にはめっぽう弱いのだ。

軽いストレッチも済ませ、走り出してしばらく経った頃。
同じように自主トレしている生徒たちも少しずつ増え始めた。
朝にトレーニングをする人たちも大体顔ぶれが決まっている。

「おはよう爆豪君」

いつも見る顔ぶれのうちの1人に挨拶をする。
けれど当の本人は大して返事もせず、こちらを1度見て再び前を向いて走り出した。
私もそのペースに遅れないように、後ろを走っていく。
ここの寮に来てからは何度となく繰り返しているやり取りだ。

「もう暑くなってきたね。私ばてそう」
「勝手に干からびてろ」
「相変わらず辛口だね」

シューズが地面を蹴る音。浅く切れる息。
互いにリズミカルな音を鳴らす。
じんわりと滲んだ汗を拭うと、すっかりと高くなっている太陽の光が視界に入った。

「おい。あと何周だ」

珍しい。爆豪君から話しかけてくるなんて。

「もうこれでラストだよ」

私は爆豪君の隣に並ぶように加速した。
爆豪君はこちらに振り返り、赤い瞳を向ける。

「ちょっと顔貸せや」

まるでカツアゲでもするのかというような乱暴な誘い。
思わず苦笑しながらも、首を縦に振って承諾する。
見た目とは裏腹に真面目な爆豪君の事だ。
きっと何かあるんだろう。純粋にそう思ったから。

「お前、本当体力ねえな」
「はは……自覚してます」

ランニングを終え、2人で寮の近くにあるベンチに腰掛ける。
ミネラルウォーターでのどを潤すと、冷たい感覚が体中をめぐり一気に生き返ったような気持ちになった。
私が一息ついたのを確認し、爆豪君が気怠そうにポケットに手を突っ込みながら口を開いた。

「テメェはどうしてここに来た」

爆豪君の言葉の意味を考えた。
ここ、というのは雄英の事だろうか。
つまり私がヒーローを目指す理由を知りたい、って事かな。

「どうしてヒーローに?って意味、だよね?」

確認の意味で聞き返すが、爆豪君から返答はない。
私の解釈は合っているんだなと判断した。
今までの経験上、違ってたら爆豪君はもっとイラついて文句を言うだろう。

「私、昔よくいじめられててね。いつも焦ちゃんが助けてくれたの。だから、焦ちゃんみたいなヒーローになりたいなって思ったのがきっかけ」
「また轟かよ」
「呆れられるかもしれないけど、私にとって焦ちゃんは憧れのヒーローなの。爆豪君にもいるでしょ?そういう、ヒーロー」

爆豪君は数秒時間を置いて、ベンチから立ち上がった。
私の目の前に立ちはだかり、じとっとした目つきでこちらを見下ろしている。

「いるわクソが」
「やっぱり、オールマイト?」
「やっぱりってなんだよ」
「私達の世代は、オールマイトに憧れてる人が多いじゃない?だからそうなのかなーって」

彼もそうだ。おじさんには隠れて、おばさんと一緒にオールマイトのテレビを見て目を輝かせていた光景を覚えている。

「他にはいねえのか」

問いには答えず、爆豪君は再び私に質問をした。

「お前、轟に勝っただろ」
「焦ちゃんに?」

多分、大分前の合同授業の時の事を指しているのだろう。
今思い出しても、少し苦い思い出だ。
ちょっとだけ胸が苦しくなる。

「あれは焦ちゃんが左手を使わなかったから。焦ちゃんが左手を使いこなしたら、私は到底かなわないよ」

今考えれば、あの時の彼は左手を使わなかったのではなく使えなかったのだろう。
自ら左手に体を寄せた私にそのまま個性を使えば、どうなるかを彼はよく知っている。
彼は優しいのだ。

「……うっぜえ」
「え?」

ガン。
爆豪君がベンチに片足を勢いよく乗せた。
突然の行動に驚き、ただじっと爆豪君の様子を伺う。
目に見えてわかる。爆豪君は苛立っている。

「普通に考えりゃ火に水が勝つだろーが。笑わせんな」
「そりゃ相性的にはそうだけど……」
「じゃあテメェは俺にも負けるってか?」
「わ、わかんないよ。私、爆豪君と戦ったことないし」
「じゃあ勝負しろや。今すぐ」

突然、爆豪君は私の目の前に手をかざした。
あまりにも急な行動に、私は瞬時に個性を使う。

「……なめてんじゃねーぞ」

爆豪君の手のひらからは爆発は起きない。
私の個性で作り出した、薄い水の膜がそれを抑えているからだ。
ドッドッドッ。
心臓の強く早い音が耳に響く。

「おい、何してる」

それと同時に、聞きなれた声が聞こえた。
少し怒気のこもった声。
爆豪君の手は離れ、それと同時に声の主の姿が目に入った。

「何もしてねえよ」
「しようとしてただろ」
「焦ちゃん!本当何もないよ!」

今にも襲い掛かりそうな彼の雰囲気に、思わず仲裁に入った。
彼のもとへ行き、飛び切りの笑顔を向ける。

「一緒に個性の話してただけ。本当、それだけ!」

彼は納得しない顔をしていたが、仕方なさそうにそうか。とだけ呟いた。
爆豪君は私たちに背を向け、その場を去って行く。

「……何もさせてもらえてねーんだよ」

爆豪君は小さく言葉を落とす。

どうして私は爆豪君を怒らせてしまったのだろう。
その寂しそうな背中を見ていると、なんだか胸が少し苦しくなった。

annoying

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