「彩海……彩海!!」

大きな声に驚き顔を上げる。
そこには困ったように眉を少し下げた七絵の顔があった。

「聞いた?さっきの子、去年の推薦入試1位で通過したのに、うちを蹴ったんだって」
「え?誰?」
「……あんたさ、そろそろしっかりしてよ」

七絵の顏からは呆れ色が浮かんでいた。
口角の下がった口元からは大きなため息が1つ漏れ出している。

多古場競技場に着き、バスから降りた私はすぐに彼の元へと近づいた。
けれど彼は遠ざかるように1年生の集団の中に消えていった。
その後ろ姿からは、話しかけるなと言われているような気がして。

焦ちゃんに避けられた。
それは彼の態度から明らかで、私はひどくショックを受けた。

「ごめん……もうちょっとで切り替える」

少し前まで幸せでいっぱいだったのに、どうしてこういう時に限って嫌なことが起こるのだろう。
今は試験前で集中しなくちゃいけないのに。
そもそもなんで彼は怒っているのだろう。
私が隠していたから?
でも告白されたのは付き合う前のことだ。
それに彼だって過去に女の子に告白されているし、それを私は教えてもらってない。
(なぜか冬美さんが知っていて、こっそり教えてもらった。)
こういう時ってどうすればいいんだろう。
謝ろうにも何に謝ればいいかわからないから、どう動けばいいかわからないのだ。

「彩海!彩海ってば!」
「わっ!」

七絵の大きな声と、背中を強く叩かれた感覚で我に返った。
気が付けば目の前には知らない男の子が立っている。
爽やかな笑顔を浮かべて、黒い瞳が私を捉えていた。

「奏出彩海さんだよね?」
「は、はい」
「俺は真堂!」

はきはきとした物言い。
正しく好青年という言葉がぴったりと合うような、清潔感のある雰囲気だ。

「2年連続で体育祭優勝……そして、神野事件を中心で経験した奏出さん。君はとても強い女性だ!すばらしいと思うよ!」

けれど、どうしてだろう。

「今日はよろしく頼むよ!」

その笑顔を、好きになれないのは。

「……彩海?」

不思議そうなクラスメイトの声。
真堂君は手を差し出しているのに、私がそれに応えずに佇んでいるからだろう。

「奏出どうしたんだよー。らしくねえじゃん。照れてんのかー?」
「ちょっ、久射君!」
「ほらほらーこうして握手―っと……」
「やだ!!」

パシン。
真堂君の手を振り払う、素っ気ない乾いた音に辺りは静まり返った。
周囲の視線が私に集まっている。

「ごめんね。この子試験前で神経質になってるの」

その沈黙を破ったのは七絵だった。
フォローするように、私と真堂君の間に割って入ってくれている。

「特に、嘘つきにはちょーっと敏感なのよね」

七絵の刺々しい物言いにも動じず、真堂君は表情を変えずに微笑んでいた。
もちろん、七絵とも握手は交わさずに、そのまま爆豪君の許へと真堂君は移動する。

「ごめん、七絵」
「いいって。それより今は試験に……」
「よくない」

私と七絵の会話を遮るように、ぴしゃりと低い声が入った。
そこには強張った表情の相澤先生が立っていた。
私との距離をじりじりと埋めるように近づいている。

「奏出。今日、この会場で最も注目されているのはどこだかわかるか?」
「うちの学校です……」
「じゃあその中で一番面が割れてるのは誰だ?」
「……私、ですか」
「そうだ。体育祭、神野事件……お前は世間一般に認知されている。爆豪よりも1年多く雄英にいる分、露出が多いのは圧倒的にお前だ」

相澤先生の表情はどんどん険しくなっていく。
あまりの気迫に思わず息をのんだ。

「お前の軽はずみな言動で雄英のイメージが良くも悪くも変化する。並大抵の事言われても動じるな。雄英生としての自覚を持て」
「……はい」

私の声を聞き、相澤先生は踵を返した。
相変わらず厳しいな、と近くにいたMrs.ジョークが零している。

「なんかごめんな、奏出」

久射君が申し訳なさそうにこちらを覗き込んでいる。
その言葉に私はかぶりを振った。

「私こそごめんね。気を利かせてくれたのに……」
「ねぇ轟君サインちょうだい。体育祭かっこよかったんだあ」
「はあ……」

轟君。
その言葉に思わず反応し、視線をずらした。
真堂君と同じ学校の女の子が、彼のもとに目を輝かせて近寄っている。
彼は渋々承諾し、適当にノートにサインを書いていた。

「………なんで」

昔の彼だったら、あんな頼みごとをされても冷たく突き放していたのに。
いい事じゃないか。彼が少しずつ、いい方向に変わっている証拠だ。
それなのに。

「おい」

どうして、素直に喜べないのだろう。

「奏出」

聞きなれない声に驚き振り返ると、爆豪君がいた。
近くにいたクラスメイト達も目を丸くして爆豪君を見ている。
どうして爆豪君が私の許に来ているのか。
そう、不思議に思っているのだろう。
周りの生徒たちの視線を私たちは奪っていた。

「そんな府抜けた顔してんな」
「え……」
「そんなんじゃ落ちんぞ」
「なっ……!」
「しょげてんじゃねえよ」

突然、爆豪君は私の髪に振れた。
そして耳元からヘアピンを器用に取り外す。

「ちょっと爆豪君!返して!」

爆豪君は制服のポケットにピンを握りしめたままの右手を突っ込んだ。
去って行く爆豪君の後を急いで追う。
そのヘアピンは私の大切な宝物。
彼からもらった大切なプレゼントなのに。

「返してほしけりゃ、合格してから取りにこいや」

爆豪君はそれだけ言い残し、その場を去って行く。
再び追いかけようとしたけれど、相澤先生の着替えを促す声が聞こえて思わず動きを止めた。

「彩海。行こう」
「うん……」

踵を返すと彼と目が合った。
彼は私の方へと近づいてくる。
それに合わせて私の心臓の鼓動は速くなっていく。

「焦ちゃん、あの……」

意を決して彼に声をかけた。
けれど彼は答えることなく、通り過ぎていくだけだった。


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