仮免試験の一次予選は、受験者同士で配られたボールを的に当てるという内容だった。
的となる3つのターゲットを身に付ける。すべてのターゲットを当てられたら失格。
3つ目のターゲットを当てた人が相手を倒したことになり、2人失格させれば通過出来る。
雄英の生徒は露出が多い分、毎年集中攻撃を受ける対象となるらしい。
「危なかった……」
先輩に聞いていた通りだった。
自分の得意分野である水辺ゾーンに移動したが、予想以上に私を標的とする受験者が多かった。
彼との出来事が頭をよぎり、モチベーションが上がらないまま臨んだ結果。
ターゲットは2つ目まで当てられ、間一髪というところでギリギリ予選を通過することが出来た。
ヒーロー殺しの事件の時と同じだ。
あの時も彼絡みの事でモヤモヤしていて、それをヒーロー殺しに見透かされた。
開始前、相澤先生にも喝を入れられたばかりなのに。
「……情けないや」
独り言を零し、移動するように指示された控室のドアを開けた。
先に通過した人たちの視線が一気に集まる。
辺りを見回すが、見知った顔はまだない。
「……あの、すみません」
心細さを振り切るように、近場にいた人に勇気を出して声をかけた。
学生帽を被っているから士傑高校の人かもしれない。
「あ!奏出彩海さん!」
「は、はい!」
大きな声で名前を呼ばれ、思わずつられて返事も大きくなった。
大きな厳つい体格とは裏腹に、元気の良い明るい笑顔。
その声は控室中に響き渡っていた。
「体育祭見ました!かっけーっス!さすがポセイドンの娘って感じで!あ、俺ポセイドン好きっス!」
「あ、ありがとうございます……。あの、このターゲッ……」
「俺っスか?!俺は夜嵐イサナって言います!士傑高校1年ス!」
「よ、よろしく。あのボールケースとターゲットはどこ……」
「ああ!すんません!気が利かなくて!こっちです!」
夜嵐君のペースに気圧されながらも、どうにか言いたいことが伝わった。
きっと悪い人ではないんだろう。
案内された場所にターゲットとボールケースを片付けると、夜嵐君はまた大きな声で言った。
「奏出さんと話してみたかったんで感激でした!じゃあまた後で!」
また次に話したい相手を見つけたのか、夜嵐君は颯爽と別の人の許へと駆けて行った。
人見知りをしない性格なのだろう。
仮免試験真っ最中で緊迫した雰囲気の控室で、あそこまで自由に振る舞えるのは正直羨ましかった。
「なあ。あれ、神野の……」
小声で話しているつもりなのだろうが、噂話ほど聞こえやすいものなどないと思う。
声の主を横目で見れば、ひそひそと私を指さして何やら話をしているようだった。
内心苛つきながらも近場にある椅子に腰かける。
「神野の事があったからヒーロー止めて歌手やるって噂、ガセだったのか」
「俺もそれ聞いた。仮免受けてるってことはまだヒーロー志望?」
「どうせここにもコネで来たんだろ」
「顔で選ばれたって事?まじかよ」
「雄英受かったのも、顔だったって話じゃん」
思わず笑いそうになった。
何がどうしてそうなったのか。根も葉もない話が知らないところで膨らんでいる。
相澤先生の忠告通り、本当に言動に注意しないと。
きっとまた、ある事ない事言われてしまうに違いない。
「稲妻と付き合ってんのかな?」
「体育祭で告白してたもんなー。けど3年の奴と付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「それ違うらしい。まあ何にせよ、男に人気なのは変わりねえだろ」
「まあなー。けど俺だったら、そういう女と付き合うのは無理だわ」
ああ、嫌だ。
普段なら、全く知らない赤の他人の話なんて気にしないのに。
「わかる気がするわー。面倒くさそう、色々」
「やっぱり普通が一番だよな」
その言葉の1つ1つが、やけに深く突き刺さる。
「あ、雄英だ」
「轟じゃん。エンデヴァーの息子の」
轟という言葉に反応し、思わず顔を上げた。
2番目の雄英高校の通過者。
彼は控室の扉を開け、部屋の雰囲気を伺うように辺りを見回していた。
私が見つめていたため、自然と互いの視線がぶつかり合った。
彼はゆっくりと私の方へと進んでくる。
「しょ……」
けれど立ち止まることなく、彼は目の前を通り過ぎて行った。
ラックにターゲットとボールケースを置き、私から距離のある空いた席に腰を下ろす。
視線が交わる事はない。
「会話なしかよ。雰囲気悪」
「同じ雄英なのに仲悪いんかな?」
「轟って好き嫌い激しそうじゃん。奏出みたいなやつ、嫌いなんじゃね?」
お願い、やめてよ。
これ以上不安にさせないでよ。
あなたたちが言ってることが本当なんじゃないかって思えてくるよ。
「……あ」
バカだ、私。
「……やべ、奏出こっち見てる」
「大丈夫だって。小声で話してたか聞こえてねえよ」
「てかなんか……泣きそうじゃね?」
この人たちの言ってたこと、ばっちりと当てはまってるじゃないか。
「………焦ちゃん」
大事な仮免試験の真っ最中。
こんな事考えてる場合じゃないのに。
無意識に力強く握りしめていた拳は、コスチュームのスカートを巻き込んでいた。
視界は揺れ、くしゃくしゃになって浮かんでいるスカートの皺が霞んでいる。
必死に唇を噛みしめるように、固く、一文字に結んだ。
そうでもしないと、熱くこみ上げてくるものが溢れ出てしまいそうで。
そしてそれは、1度零れてしまえば止まらくなる事がわかっていたから。
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