「…くん、彩海ちゃんを池に落としたって本当なの?」

ずっと忘れてたのに。
こんな事、思い出すだけでも嫌なのに。

「ごめんなさい。おれ、彩海ちゃんが人魚になるところ見てみたくて池に連れ出して……つい、ぶつかっちゃって……」
「なんだ、そうだったのね」

全然そうじゃないのに。
明らかにわざと私の事、突き落としたのに。
どうして先生は信じちゃうの?

「…くんはそんな子じゃないものね。彩海ちゃん、そういうことみたいだから仲直り、してあげて?」

先生が背を向けた瞬間、私だけに見せたあの顔は、未だに私の脳裏に色濃く張り付いている。
初めて人の笑顔が真っ黒に見えたあの瞬間。
あの時から私は、その類の笑顔が苦手になった。




「彩海、大丈夫?」

今は一次試験が終わり、二次試験開始までの休息時間。
1・2年生含め、雄英高校は全員が一次試験を通過する事が出来た。
座って二次試験開始を待っている私の顔を、七絵が覗き込んでいる。

「ごめん。ちょっと考え事してた」

ネガティブになっている時ほど、嫌な記憶がちらついてくる。
試験に集中したいのに、あと一歩踏み出せない。
だめだな、私。
焦ちゃんが絡むことになると、メンタルが格段に弱くなる。
相変わらず彼は私に見向きもしない。

「とりあえず話しかけてくれば?」
「でも……」
「調度士傑の人たちが1年生に絡んでるから、さすがに駐車場みたいな無視はしないでしょ」

駐車場では私の言葉を無視して、彼はそのまま通り過ぎて行った。
控室に入ってきた時もそうだった。
さすがにあの無視の仕方は結構堪える。

「ほら。私も近くまで行くから」

七絵が私の背中を押し、1年生の方へと連れ出してくれた。
彼は横目で私を見たが、目の前にいた士傑高校の人に話しかけている。
あれは確か、さっき私を案内してくれた夜嵐君だ。

「俺はあんたらが嫌いだ」

さっきの人懐っこい態度とは打って変わり、冷たい目つきで睨みながら夜嵐君は言った。

「あんたの目はエンデヴァーと同じっス」

エンデヴァー。
その名前に彼は眉間に皺を寄せた。
前より幾らか考え方が変わったとはいえ、父親の事を良く思っていないのには変わりはない。
彼と夜嵐君の間に漂う空気が一気に淀む。

「奏出さん!」

夜嵐君は私を見つけた瞬間、ぱっと表情を変えて彼に背を向けた。
私の名前を聞き、彼はさらに眉間に皺を寄せてこちらを見ている。
自分の額から冷汗が伝った。

「さっき奏出さんに言わなかった事があるんスけど、いいっスか!?」
「え?は、はい」
「俺、奏出さんの個性も外見も、結構タイプっス!」
「……え?」
「テレビで見たよりも超かわいくてさっき言えなかったんスけど!正直やべーっって思いました!」

夜嵐君の声は大きくて控室全体に響き渡っていた。
突然の出来事を飲み込めず、思考も体も固まっている。

「彼氏とかいるんスか!?」
「……はい」
「うわー!ショックっス!けど奏出さんが選ぶ人なら、きっとカッケ―人っスね!あ、もしかして稲妻さんっスか!?」
「いや、違います……」

あなたが嫌いって言った目の前の人です、なんて言えるわけでもなく。
私は耐え切れなくて、思わず視線を足元に移した。
見てなくてもわかる。
周りの注目を嫌というほど浴びている。
目の前の彼からも威圧的な視線が突き刺さってくる。

「その辺にしてあげて。この子、結構恥ずかしがり屋だから」

困った私を見かねて、七絵が割って入ってくれた。
淡々と夜嵐君を牽制し、そのまま手を引いてクラスメイト達のところへと誘導してくれる。

奏出さん、なんかすんませんっしたー!!
背中越しから、夜嵐君の声が響いていた。

「本当、空気読めないヤツばっか」
「本当だよなー!デリカシーねえっつーか!」
「久射、アンタが言うな」

七絵の発言に久射君がオーバーなリアクションをした。
その様子を見てクラスメイトは盛り上がっている。
周りが私を気遣って、場を和ませようとしてくれているのがわかった。

「みんな、ありがとう」

みんな、優しい人たち。
身近で私を支えてくれる人たち。
そのありがたみを身に染みて実感する。

「何言ってんの。変な彩海」

照れ隠しの素っ気ない言葉。
七絵の頬がちょっとだけ桃色に染まっていた。

peach

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