「おい!どこ行く……!」
爆豪くんの静止を振り切り、私は走り出す。
ねえ、焦ちゃん。
今どんな気持ちですか?
緑谷くんとの試合で、何を思いましたか?
あなたの声が聞きたい。
あなたの気持ちが知りたい。
会いたい。
会いたいよ。
「焦ちゃん!!」
「……彩海?」
観客席を駆け下り、向かった控室に続く廊下。
そこで少し驚いた表情の彼に出くわした。
左上半身はジャージが焼け落ち、肌が露わになっている。
やっぱりそうだ。
夢じゃないんだ。
「焦ちゃん……」
色々な思いが溢れだす。
何から話せばいいのだろう。
混乱して、うまく言葉が紡げない。
「彩海」
ああ、なんて優しい声音なんだろう。
「また……泣いてるぞ」
彼はゆっくりと左手を伸ばした。
私の目元から、そっと涙をすくい上げる。
わずかに触れた指先の感触が、とても尊くて。
とても、愛しくて。
「焦ちゃんのせい、だよ」
今の私が言える、精一杯の強がりの皮肉。
本当ならもっとわざとらしく、お茶らけて言えるはずなのに。
声が震えて、上手く音にならない。
瞼を降ろすと、再び涙が零れ落ちた。
「……悪い」
不思議。
普段なら恥ずかしくてたまらないはずなのに。
私を引き寄せる彼の力強い腕。
直に触れる、引き締まった胸板。
仄かに伝わる体温。
彼の鼓動。彼の息遣い。
彼を感じる、それだけで。
自然と心が落ち着いていく。
知らなかった。
好きな人の腕の中は、こんなにも心地いい場所なんだ。
「!!」
突然鳴り響く着信音に驚き、私は咄嗟に体を離した。
ケータイの画面には"画色七絵"の文字が浮かんでいる。
「もしもし……」
『彩海、そろそろ戻りな。結構試合進んでるから』
「うん、わかった。今から戻るね」
慌てて携帯電話を切ると、気まずい沈黙が広がった。
頬が一気に熱を持っていく。
私、今何してた?
ジャージが焼けてほとんど上半身裸みたいになってる。
すごくかっこよくて、なんだか恥ずかしくて直視できない。
そんな彼に私、抱きしめられてたの?
混乱して、変に意識しちゃって、何が何だかわからない。
「私、そ、そろそろ行かなくちゃ」
遅れてやってきた羞恥心に、目線を足元に移す。
彼は何も言わず、私の横を通り過ぎていく。
「彩海」
ねえ、どうして。
私はあなたに何もしてあげられなかったのに。
「――……ありがとう」
そんな温かい言葉を向けてくれるの?
「焦ちゃん……」
風が吹く。
木々のざわめく音は、彼の名を呼ぶ私の声をいとも簡単に消し去っていった。
relief
prev|list|next
top