リカバリーガールに治癒してもらった反動で、いつも以上に疲労感に襲われていた。
ゆったりとした足取りで帰路についたため、家に着くのもすっかり遅くなってしまった。
「なんだか疲れたなあ」
気だるさを振り切るように、鞄の中を弄る。
家鍵を始めとした、複数の鍵がついたキーホルダーを手探りで漁る。
しかし一向に聞きなれた金属音や、ひんやりとした独特の感覚が訪れない。
「あれ?」
私は記憶を順にたどった。
最後に鍵を触ったのはいつだったろうか。
ヒーロー基礎学の時間に着替えるため、ロッカーの鍵を開けたはず。
家の鍵も一緒に付いているため、忘れない様にと制服のポケットに仕舞い込んだはず。
けれど制服に着替えたらポケットの中に物が入ってるのが煩わしくて。
「机の中にいれたんだ……!」
私は大きく肩を落とす。
父は仕事が忙しく滅多に家に帰ってこないため、母が帰宅するまで時間をつぶさなければならない。
「彩海」
突然、名前を呼ばれて振り返る。
「焦ちゃん。どうして……?」
そこには制服姿の彼がいた。
私の方へとゆっくりと歩み寄り何も言わずに私の鞄を持ちあげる。
「お前、鍵ないんだろ。うちに来いよ」
なんでわかったんだろう。
私は何も言っていないのに。
「ありがとう」
彼の歩調は心なしかいつもよりゆっくりだ。
先に行く彼の背中を、一定の距離を空けて追う。
知ってる。
私を気遣って、歩調を合わせてくれていることも。
疲れた体を思って、重い鞄を持ってくれていることも。
不器用な優しさ。
そんなところが昔から好きだった。
「おじゃまします」
彼の部屋に着き、ゆっくりと腰を下ろす。
鞄を置いた彼は手慣れた手つきでネクタイを緩めた。
入学当初とは違い、馴染んだ制服姿。
あの時から少ししかたっていないはずなのに。
「まだ痛むか?」
私の知らない彼が、ここにいる。
「大丈夫だよ。稲妻くんが大げさだっただけだから!」
「……そうか」
まるで割れ物を扱うように、優しく私の脚に触れる彼の指先。
あまりの丁寧さに、思わず胸が高鳴った。
鏡を見ずとも、自分の顔が火照っていることは容易に想像できる。
なんだか彼の顔が直視できなくて、私は顔を俯かせた。
「焦ちゃんは変わったよね」
「俺が?」
頭の中浮かぶ、ここ数日の彼の姿。
緑谷くんとの試合で左手を使った彼。
ずっと避けてきたおばさんと向き合った彼。
どれもすべて、私が今まで望んできた彼の姿。
私では引き出せなかった、彼の本当の姿。
ずっと側にいたのは私なのに。
「まるで私の知らない人みたい」
私が彼にしてきたこと、それは。
「ねえ焦ちゃん。相澤先生の話、本当なの?」
彼を不幸にしてきたことだけだ。
「それは……」
また君を困らせてしまった。
口ごもった彼は私から視線を外す。
「焦ちゃんは雄英に入ってよかったね」
視界に入る、彼の左手。
私に向けられることのなかった左手。
私が憧れ、焦がれた手だ。
「私、行くね」
「彩海?」
「お母さんももう帰ってきてると思うし。あんまり長居しても悪いから」
「彩海!」
彼の静止を振り切って、私は部屋を飛び出す。
「……何なの、これ」
胸が痛い。
感情が制御できない。
涙が勝手に溢れてくる。
「どうすればいいの……」
やり場のない思い。
初めての感情に、私は戸惑いが隠せなくて。
この日を境に、彼とうまく話すことができなくなった。
distant
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