どうして今、昔のことを思い出すのだろう。
「奏出さん、綺麗だよ」
男は私の右腕を見て恍惚とした表情を浮かべている。
私は目の前の男を真っ直ぐ見据え、周りの人たちを守る様に立ちはだかっていた。
外と通信できる機器はすべて男の個性で破壊されているようだ。
現状で私が下手に動けば、中の人たちの命が危ない。
何より、ここは病院だ。
拘束されている人たちの他に、上の階には入院患者もいる。
その中には彼の母であるおばさんもいるのだ。
皆をこれ以上危険にさらすわけにはいかない。
「奏出さんの腕に僕の蔦が蔓延っている……まるで夢みたいな光景だよ!」
この私に対する異常な執着心はどこからくるのだろうか。
あまりの不気味さに思わず息をのむ。
1つ深呼吸をして、更に男をきつく睨みつけた。
「これだけは信じてほしい。僕は君の大ファンなんだ。君のことならある程度は知っている。個性はもちろん、ここに毎日お見舞いに来ていたことも……」
「なんでそんなことまで……!」
「すっと遠くから見守っていたんだ!君が危ない目に合わないかって、心配で仕方がなかったんだよ!」
これは俗にいう、ストーカーという奴だろう。
こんなやつにつけられていたことに気が付かないなんて、自分が本当に情けなくなってくる。
「君は綺麗で可憐、高潔な人だ。穢れを知らない、純真無垢の完璧な女性だ。その透き通るほどのきめ細やかな柔肌に、どれだけ憧れたことか!!」
「なに、それ……」
「君は自分の価値をわかっていないんだ!君がどれだけ尊い存在なのか……自覚がないんだよ!」
とんでも理論とはこのことだ。
見ず知らずの人間にここまで言われると、もはや恐怖でしかない。
男は私との間合いを少しずつ縮めていく。
距離が近づく度に、私は戦闘態勢へと体を構えていた。
「だから決めてたんだ。僕が君を……めちゃくちゃにしようって!」
「!?」
突然襲い来る疝痛。
あまりの痛みに脂汗が浮かんだ。
蔓を中心に、私の腕が青黒く変色していく。
「どう?僕の蔓は毒も出せるんだよ。奏出さんの体中に徐々に広がっていく……僕の個性で、真っ白な奏出さんは色づいていくんだ!」
「おかしい、でしょ……」
右腕に全く力が入らない。
私の様子を見て、1人の女性が恐怖で大きな叫び声をあげた。
「うるせえ!てめえ、絞め殺すぞ!」
「ひいいい!!」
男性の罵声に、更にパニックに陥る女性。
「やめて!!」
瞬時に水龍を生み出し、相手の進路を封鎖する。
男はそれに怯んだのか、身体を強張らせた。
「私はあなたの言うとおりにする……だから約束して。ここに居る人たちに手は出さないって」
男は踵を返し、私の元まで歩み寄る。
「奏出……さん」
次の瞬間、男は穏やかな表情から一瞬にして激しい剣幕に変わった。
「ふざけるな!!お前のヒーロー気取りな態度が一番大嫌いなんだよ!!!」
両頬に交互に走る鈍痛と、口内に鉄の味がどんどん広がっていく。
私が抵抗しないのをいいことに、男の行動はどんどんエスカレートする。
「君にヒーローは向いていない……それをわからせたかったんだ。ああ、君の白い肌が真っ赤だね……僕が真っ赤にしたんだね……」
胸ぐらを掴まれ、自然と体が引き上げられる。
「またさっきにみたいなこと、されたらたまらないからね。また、僕が色を付けてあげるね」
口角が上がっているのに、目元は変わらずにひどく冷たい笑み。
男の背後で蔓がゆっくりとしなりながら動いているのが見える。
「っああああああ!!!」
一瞬だった。
突如、蔓が私の左太ももに勢いよく伸び、貫通した。
私はそのまま床に膝をついて倒れこむ。
「ああ……綺麗な血の色……綺麗な声……そうそう、それが見たかったんだよ僕は!!」
愛しそうに私を見つめ、太ももを撫でまわす。
あまりの痛さに息が自然と弾んできた。
フロアには赤い雫が滴っている。
「もっと見せてよ。その苦痛の表情を。奏出……いや、彩海さん!」
男は私の髪を引き上げる。
その反動でフロアに私の髪飾りが音を立てて転がり落ちた。
「あ……」
赤い鼈甲の髪飾り。
幼い頃からずっと身に着けている、私の大切なお守りだ。
「そんなにこれ、大事なの?」
私は無意識に髪飾りを撮ろうと左手を伸ばしていた。
男はその様子を見てまた厭らしく笑う。
「じゃあこうしなきゃだ」
パキン。
鳴り響く乾いた音。
男の靴底からパラパラと落ちる赤い欠片。
「……あ」
私の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
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