彼が私を助けてくれたあの日。
いつも身に着けていたリボンの髪留めを池の中に落としてしまった。
気に入っていたから失くしたことは悲しかったけど、それ以上に池でのトラウマの方が強かった。
「彩海、これやる」
ある日、彼は照れ臭そうに、ぶっきらぼうに言った。
差し出されたのは、小さな包み紙。
その中には赤色の鼈甲のヘアピンが1つ入っていた。
「これ、くれるの……?」
「ああ。」
「嬉しい!ありがとう!焦ちゃんと同じ色だ!」
彼の髪色と瓜二つのヘアピン。
身に着けているとまるで彼が傍にいるような気がした。
それから毎日、私は欠かさずそのヘアピンを身に着けている。
彼からもらった大切なプレゼント。
私の、大切なお守り。
それは今、あっけなく粉々に砕け散ってしまった。
「そんなにこれが大切だったの?」
彼との思い出が頭を巡り、涙が溢れ出て止まらない。
男は嬉しそうに私の顔を覗き込んでいた。
「そう、僕は彩海さんのそういう表情が見たかったんだよ」
男は私を腕の中へと引き寄せる。
その反動でもう感覚がほとんどなくなっている右腕がまるで振り子のように揺れ落ちた。
「どうやら毒もいい具合に回っているみたいだね」
先ほどは手首の辺りまでしか変色していなかった皮膚は、いつのまにか露出されている部分すべてが侵食されていた。
痺れは腕から次第に肩周囲へと強まっている。
「僕の毒で色づいている彩海さん…素敵だね。もっと見せて」
男は丁寧に私のネクタイとブラウスを脱がした。
下着姿になった私を見て、男は目を見開く。
「嘘……だろ……嘘だ……これはどういうことだよお!!!!」
男はただならぬ剣幕で睨み、私の肩を強く揺らした。
涙も止まり、私は挑発的に嘲笑う。
「幼い頃に負った火傷の跡だけど、それが何か?」
「嘘だ……俺の彩海さんが他の人に穢されるなんて……いったい誰だ!どこのだれがやったんだよおおお!!!」
再び私の両頬は殴られ、更に鈍痛が広がっていく。
口から流れ出た血が殴られた拍子に床に飛び散る光景が横目に映った。
「もうやめて!!!」
その制止を求める声に、男は動きを止める。
「レミ、ちゃん……」
先ほどの少女が涙を目にいっぱいためて、男を見据えていた。
「これ以上彩海ちゃんをいじめないで……かわいそうだよ……」
レミちゃんの振り絞るように、震えた声。
そのか細く消えそうな声に、男はゆっくりと右手を伸ばす。
「うるせえ、クソガキ」
「ひっ!!」
レミちゃんの母親が、守る様に少女に覆いかぶさる。
男の背後から3本の蔓がゆっくりと揺れ動く。
「死ね!!」
蔓は勢いよく一本の腕を貫き、フロアに赤い雫が舞った。
男は目を見開いて動きを静止する。
「言ったでしょ。他の人に手を出すなって」
自分でも驚くほどに低い声。
咄嗟に伸ばした左腕が間に合い、蔓を止めることが出来た。
「確かにあなたの言った通り、私にヒーローは向いてないかもしれない。それでも私は…困っている人がいたら手を差し伸べる、そんな人になりたいの」
左腕を貫いた蔓がゆっくりと引き抜かれていく。
その反動でまたフロアに赤い血が滴り落ちた。
こんな状態では、もう人魚化できるほどの集中力は残っていない。
「違う……僕が望んでいるのは勇敢な彩海さんじゃないんだ……もっとか弱くて、繊細で、儚げな……まるで一輪の華のような君なんだよ……!」
男は私を恐れる様に目を見開いている。
「あなたの理想の私は知らないけど……これが今の私。何1つ飾ってなんかない、本当の私だよ」
「嘘だあああ!!!!」
男が発狂した途端、辺りの窓ガラスが次々に砕けていく。
それに驚きその場の人たちの蔓の拘束が解け、一斉に多くの人たちが逃げ出した。
それと入れ替わるように次々に乱入するヒーローたち。
「無事か!彩海!!!!!」
そこには彼の父、No.2ヒーローのエンデヴァーの姿があった。
「近づくなあ!!これ以上近づけば、こいつを殺して俺も死ぬ!!!」
荒れ狂った男は私を後ろから羽交い絞めに拘束した。
男のその一言で、ヒーローたちは動きを止める。
切迫した雰囲気の中、私の目にはある1人の姿が目に入る。
「なんで……ここにいるの……?」
赤と白のバイカラー。
すっかりと見慣れた雄英高校の制服。
その姿を何度目で追ったことだろう。
「お前は……轟焦凍おおおおおお!!!!」
愛しい彼が、そこにいた。
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