目を開ければ、最初に飛び込んできたのは真っ白の天井だった。

「ここは……?」

身体を少し動かしただけで、所々が痛み出した。
右腕からは点滴が施されていて、長いチューブが釣り下がっている。

「焦ちゃん?」

私の横で顔を俯せて眠る彼。
私の右手を覆うように彼の右手が重なり合っている。
窓から見る空は夕暮れで、藍と赤のコントラストが綺麗に映えていた。
夕日が彼の髪を淡く照らしている。

「彩海!起きたのね!」

扉から突然姿を現したのは母親だった。

「お母さん。私……」

母は重なり合う私と彼の手を見て、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「お父さんもこっちに向かってるみたいだから、迎えに行ってくるわね。あと……焦凍くん、彩海の傍にずっといたのよ。そうやって手を握ってね」

母が部屋を後にすると扉が閉じた音に反応したのか、彼の眉が少し動いた。
彼のあどけない寝顔をこんなに間近で見たのはいつぶりだろう。
普段は見せないその穏やかな表情がとても愛おしく感じる。

「焦ちゃん」

思わず彼の名前を呼んだ。
私の声に目が覚めたのか、彼の瞼がゆっくりと上がっていく。

「彩海……!」

目覚めた私を目を見開いて見つめる、彼。
その表情から、たくさん心配をかけたということがひしひしと伝わってきた。

「心配かけてごめんね。ありがとう」

私が微笑むと、彼は小さくため息を漏らした。
安堵したのか、先ほどまで上がっていた肩も自然と落ちていく。

「マスコミには俺やお前が個性使ったことは公表してないそうだ。全部親父とサイドキックやったってことになってる」
「そっか。職業体験といい、またエンデヴァー事務所の人たちに迷惑かけちゃったな……」

左腕と左足に施されている包帯や、両頬に張られた大きい絆創膏。
その処置を眺めていると、少しずつ病院での出来事が蘇ってきた。

「焦ちゃん、ごめんね」

彼はじっと私の目を見据える。
その瞳は真っ直ぐで、なんだか涙が溢れそうになった。

「また助けてもらっちゃった。私、本当はそんな資格なんて……」

最後まで言い切る前に、思わず口を噤んだ。
ちゃんと言わなくちゃ。
頭ではそうわかっているのに、どうして言葉に出来ないんだろう。

「彩海。率直に聞く。お前は自分が消えればいいと考えてるのか?」

その言葉に、私は思わず目を見開く。
彼は私の反応を見て、額を軽く小突いた。

「緑谷に聞いたぞ。自分が人魚だと言ってたってな」
「嘘……」
「それで思い出した。お前、人魚の昔話とかをよく気にしてたよな。今でも自分と重ねて考えてんじゃねえかって思った」

こつん、と。
彼と私の額が触れ合う。
目を閉じたまま、彼は言葉を零していく。

「誰がお前のせいで不幸になったなんて言ったよ。お前が勝手に思ってるだけだ」

彼の吐息がかかる。
彼の香りが鼻をかすめる。
彼の体温が伝わってくる。
彼がいる。
彼を近くに感じる。
それだけで、胸のつっかえが取れていくような気がする。

「けど……おばさんにずっと歌い続けてたせいでみんな苦しい思いばかりしてたじゃない」

ついに言ってしまった。
私の本音を。
止めようとしても、溢れ出た思いは堰を切って流れ出した。

「おばさんに望まれるがまま歌ってた。ううん……望まれるのが嬉しくて、私が進んで歌っていた。けれど…おばさんも焦ちゃんも、2人が前進することは出来なかった」

目から溢れた涙が落ち、ベッドシーツに染みが浮かんだ。
1つ、2つとどんどん増えていく。

「今回だってそう。私が歌ったたら色んな人を巻き込んじゃった。やっぱり人魚なんて個性を持ってるから、私はみんなを不幸に……」
「だから、なんでそうなる!」

ゴツン、と。
彼が私の額に頭突きをする。
あまりの痛みに右手で額を抑えると、彼は眉間に皺をよせてこちらを睨んでいた。

「お母さんは言っていた。お前の歌があったから、毎日過ごすことができたと」

思いがけない言葉に目を見開いた。
彼の眉間の皺は消え、穏やかな目つきへと変わっていく。

「お前は昔話の人魚なんかじゃない、奏出彩海だ。泡になって消えることだってない。歌声を聴いて不幸にもならない」
「嘘……」
「少なくとも俺は彩海の歌を聴くと幸せな気持ちになる。お前といると……心地いい」

これは夢だろうか。

「だからこれからも歌ってくれ。俺の傍にいてくれ」

嬉しくて、涙が止まらない。
彼は私を優しく引き寄せる。
温かい腕の中で、これ以上ない幸せをかみしめる。

「焦ちゃん、いつも私を助けてくれてありがとう」

あなたはいつも、私を救ってくれる。

「今も昔も変わらない。焦ちゃんは私のたった1人のヒーロー」

私の中には、いつもあなたが中心にいる。

「あなたが好きです」

かけがえのない人だ。

「大好きです」

笑いかけると、彼は驚いたように目を丸くした。
そして彼もまた、同じようにたおやかな笑みを浮かべる。

「俺も、彩海が好きだ」

私達は2人で笑い、また身を寄せた。
彼は力強く、そして優しく私を包んでくれている。

口を開かずに、ただお互いの体温を確かめる。
伝わってくる心音や息遣いを感じて。
彼の香りに包まれながら、私はまたゆっくりと目を閉じた。

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