自宅療養の期間が終わり、久しぶりの学校登校日。
私はいつもよりも早く起床した。
ある程度回復したとはいえ、まだ体は本調子ではない。
左足の怪我が思ったよりも長引き、いつもより歩くスピードが遅いのだ。
余裕を持って登校するため、いつもより30分は早く目覚めた。

「彩海、おはよう。焦凍くんが来てるわよ」
「え!?」

1階のリビングには、なぜか彼の姿があった。
きちんと制服を纏い、一緒に朝食を摂っている。

「なんで!?」
「なんでじゃなくて、おはようでしょ。もう本当に行儀が悪いんだから……。焦凍くん、お味噌汁どう?」
「とてもおいしいです」
「そう、よかったわ」

まるで私などいないかのように自然と織りなす会話。
私は急いで洗面所まで走り、ぼさぼさの髪を整えた。
いつものように左耳に髪を掛けると、何か物足りなさを感じる。

「あ……そうだ」

いつもつけていた髪留めは、あの日に壊れてしまったんだった。
火傷を隠すために右側に寄せていた髪型も、もう無理にすることはないんだ。

「……まあ、いいよね」

色々な物寂しさを感じながらも、いつも通りに髪を整えた。
顔を洗い、再びリビングへと出向く。

「彩海、お母さんもう出るからご飯ちゃんと食べてくのよ」
「はーい。行ってらっしゃい」

母は慌ただしく家を後にする。
ダイニングチェアに腰掛けると、向かいの彼は優雅にお茶を啜っていた。

「あんまりだらだらするなよ。遅れるぞ」
「う、うん」

味噌汁を口にしながら、彼の方を盗み見る。
私のことを心配して、きっと早くに迎えに来てくれたんだろう。
素直に、それがただ嬉しかった。

「歯、磨いてくる」
「うん」

慣れた足取りで洗面所に出向く。
私はその間に朝食をなるべく急いで平らげた。
母は気を利かせてくれたのか、いつもより量を少なめにしてくれていたようだ。

「食い終わったか」
「うん。私も歯を磨いたら出れるよ」
「じゃあ俺は洗い物しとく」
「い、いいよ!置いといて!」
「いいから、お前は早く歯磨いてこい」

彼に促され、渋々と洗面台へと向かう。
鏡に映る自分を見ると、少し表情がにやけていた。

まるで新婚さんみたい。
そんな淡い妄想を抱いている自分がいたのだ。

少しぐらい、幸せに浸っていてもいいよね。

そう自分に言い聞かせて、歯磨きを済ませる。

「終わったよ、焦ちゃん」
「こっちも終わった」

彼はブレザーを羽織り、私に向かって手招きをする。
素直に彼の方へと寄ると、いきなり肩を力強くと掴まれた。

「目、瞑れ」
「え!?」

いきなりのことに私は思わず頬を染める。
これってもしかして。
もしかして……。

「焦ちゃん、私、心の準備が……」
「いいから早く瞑れ」

強引な彼の態度に私は覚悟を決めて目を閉じた。
緊張のあまり、自分の心音がとても大きく響いている。
目を閉じているだけなのに、こんなにもドキドキするなんて。

「!」

彼の手が私の髪に触れる。
その瞬間、身体が大きく跳ね上がってしまった。
彼の顔が近づいてくる。
ゆっくりとしたその動きは、まるで焦らしているようにも感じる。


もう緊張で頭がどうにかなりそうだ。


「いいぞ、目を開けろ」
「え?」

ただ髪に触れただけ。
彼の声に思わず拍子抜けした私は、間抜けな声をあげてしまった。

「どうした?」
「いや、なんでも……」

他のものを期待していたなんて口が裂けても言えない。

「何したの、焦ちゃん」

彼は私の声には答えず、そのまま何もなかったかのように玄関へと向かう。

「もう、焦ちゃんってば!」

彼の背を追いかけ、玄関に向かう。
すると姿見に移った自分の姿に、思わず体の動きが止まった。

「焦ちゃん、これ……!どうして!」

彼はドアにかけた手を止める。
私の方へと振り返り、ゆっくりと右手を私の頭に伸ばした。

「やっぱり似合うな」

前と同じように私の耳元で光る赤色の鼈甲のヘアピンを見つめ、彼は頭を撫でる。
わずかに口角を上げた優しい表情に、私は固まってしまう。

「……反則、だよ」

この先ずっと、私はきっと彼には敵わない。

せめてもの抵抗で火照った頬がばれないよう、私は両手で顔を覆い隠した。

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