おばさんと冬美さんとの談笑をしたあの日。
案の定、彼は不機嫌だったけれどどうにか機嫌を取り戻すことができた。
互いに付き合ってからも、なんだかんだで穏やかな日々を過ごしている。
はず。
だったのに。
「で、今度は何があったわけ?」
親友の七絵はお気に入りの画集を眺めながら、こっちに見向きもせず話しかけた。
私は頬杖をついて、七絵に返答する。
「……焦ちゃんが悪いんだもん」
「また轟くん?あんたたち喧嘩好きだね。」
「そんなに喧嘩してないし!てか、これは私は悪くないから!」
「はいはい。で、なにがあったの?」
「それは……」
今朝のことだ。
私と彼はいつもと同じように一緒に登校をしていた。
いつも彼は口数が少なくて、私の話をただ聞いていることが多い。
けど今日は珍しく、彼が話を持ち掛けてきた。
「彩海、前から思ってたんだが」
「何?」
「お前のコスチューム……変更できないのか?」
私のヒーローコスチューム。
水辺に入ることを想定しているため、水陸兼用の水着のようなデザインで、とてもかわいくて気に入っている。
そしてなにより、人魚に姿を変える私にとってはとても利便性が高い。
そういう意味でも重宝している。
「どうして?変かな?」
彼は少し考え込んだように押し黙る。
そして私の目を見て、再び口を開いた。
「露出が高い。あんなんじゃすぐに怪我して当たり前だ。個性の指向性の補助も皆無。はっきり言って、着ている意味がない」
彼の発言に、思わず目を丸くした。
「いや、指向性の補助はあるよ?それに動きやすくて私にはあってるっていうか……」
「そうは見えない。俺がデザインを描いてやるからまた作り直せ」
「いや、でも……」
「いいから、そうしろ」
あまりにもデリカシーのない発言。
焦ちゃんは昔からそうだ。
いつも自分が正しいと思ったら曲げない、頑固な一面がある。
そういうところはおじさん譲りだと思う。
「焦ちゃんがそこまで考えてくれるなんて嬉しいけど、実際に動いてみないとわからないし……もうしばらくは、今のままでやってみたいな」
こういう時は年上の私が一歩引いて大人になろう。
いつもそう決めている。
そうすれば大抵のことは穏便にことが済む。
だから今回もそうしようと思ってた。
思っていたけど。
「だめだ。いいから俺の言うとおりにしろ」
その一言に、私の中で糸がぷつんと切れた。
「だからいいって言ってるじゃん!」
「お前、そんなに他の奴らに見せつけたいのか?」
「そういうわけじゃないよ!水中に入った時はあっちの方が動きやすいから……!」
「お前水中に入ることなんて滅多にないだろ。無駄だ」
「そんなのわかんないじゃん!焦ちゃんの……」
「あ?」
「焦ちゃんの、ばかー!!!」
「彩海。夫婦喧嘩は犬も食わぬって言葉があってね」
「夫婦じゃないし!」
「お決まりの返しはいりません」
七絵はため息をつく。
あきれた表情を浮かべながらも、私の肩を軽くたたいてくれた。
「まあ一緒においしいものでも食べてこよ。ちょっとは気持ちも楽になるかもよ?」
「七絵……!やっぱり持つべきものは親友だよ!」
私たちは一緒に食堂へと向かった。
ランチラッシュの作る昼食はおいしくて元気が出る。
今日は何のメニューを頼もうかなんて考えて、列に並ぼうとした時だった。
「あ」
タイミングが悪い。
なんでこういう時に限って鉢合わせしてしまうんだろう。
「轟くん、久しぶりー!」
「ども」
偶然昼食を食べている彼に出くわしてしまった。
七絵は私たちを気遣って、彼に話しかけてくれている。
彼の座るテーブルには緑谷くんをはじめとしたクラスメイトの子たちが顔をそろえていた。
「ざるそばかあ。おいしそうだね。私たちも早く注文しにいこう、彩海」
七絵が自然な流れでここから離れるように促してくれている。
背を押されながら生徒たちが作る列に並ぼうとした時だった。
「あんまりカロリーの高い物食ってると、あのコスチューム着れなくなるぞ」
彼の嫌味。
その言葉に私は思わず踵を返す。
「焦ちゃんだって、お蕎麦ばっか食べてると力つかないんじゃない?」
「俺はちゃんと栄養バランスを考えて食ってる。お前はいつもアイスとか甘いものばっかり食ってるからあんなに重……」
彼の言葉を聞き終える前に。
気が付けば私は力強くテーブルに音を立てて手をついていた。
「誰が重いって?」
あまりの音に、テーブルに座るクラスメイト達の箸が止まった。
「焦ちゃんはどうしていつもデリカシーのないことばっかりいうの?」
「本当のことだろ」
「はあ?信じらんない!普通そういうこと人前で言う!?」
「自分でもそう思うんならもうあんなコスチューム使うな。俺の考えた……」
「だから!要らないって言ってるじゃん!!」
「彩海、いいから落ち着きなって!みんな見てるから!」
七絵の声にふと冷静になる。
周囲の生徒たちの視線は、こちらに釘付けになっていた。
遅れてやってきた羞恥心に、逃げるようにテーブルを後にする。
この喧嘩は期末試験まで長々と続くことになるのだった。
insensitively
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